お前が生きて、変わったものは何だ。 彼は鄙にも稀な美少年だった。ただ、その猫の耳と尾さえなければの話だったが。 「……ここが、うちだ」 「……わ、すごい……お金持ちですね!」 車に乗せられ、一時間ほど。助手席でくてんと眠りに就いていたゴノウは、揺すり起こされてその建物を仰ぐと、その翡翠の瞳を瞬かせて感嘆の声を漏らした。そう興奮を隠しきれない様子のゴノウに少し安心しながらも、あの写真の中の彼とのギャップに少し驚いてしまう。あの写真が撮られてから一、二年経っているはずだ。焔が彼と出会ったのは半年前だと言っていた。 (こいつを変えたのは焔ってことか) 研究所を出るときにゴノウが小さな子どものようにぐずって泣いたことも、焔が別れる時に顔を上げようとしなかったのも。 (……俺が悪人みたいだろうが……) 今こうして元気にしているゴノウも、いつ里心がついてしまうか分からない。月に一回の検診があるものの多分焔は足繁くここに来るだろうから大丈夫だと思うのだが。 感嘆するゴノウを横目に、三蔵は自分の家……マンションの地下駐車場に入る。物珍しげにきょろきょろする少年を少し微笑ましく思いながら、指定の場所に車を止めた。ライトがフッと消えると、どこか安心したようにゴノウは肩から力を抜いた。 どうやら窓から建物を眺めつつ、ドアの開け方が分からないらしいゴノウのために三蔵は先に車を降りた。そして助手席側に回ってドアを開け、シートベルトを解除してやる。最早シートベルトで押さえがきくのか不安に思うくらいに細い身体がすっぽりと助手席のシートに収まっている。ずっと屋内で寝るか研究室内をうろうろするかしかしていなかったというゴノウは、あまり筋肉もついていない。 「あ、ごめんなさい……」 さり気なく腕を掴んで支えてやる。掴んだ腕は本当に細かった。と、そこまできてゴノウは靴を履いていなかったことに気付く。 「待て」 そのままコンクリートの地面に足を着こうとしたゴノウを制止し、そのまま両腕を少年の背中と座席の下の、彼の膝裏に差し込んで抱き上げた。そういえば車に乗せる時には焔が横抱きにして乗せていた。 なんて軽いんだろうと思った。これで十五歳というのは、少し衰弱しているのではないかと思えるくらいである。だがゴノウは至って元気そうだし、頬も唇もほんのりと赤い。肌にもきちんと艶があり、健康そうだ。三蔵の腕に抱き上げられたゴノウはビクリと身体を硬くして尾をぴんと立ち上げた。それも仕方がない。この6年、研究所に閉じ込められ、ここ半年は焔としか顔を合わせていなかったのだ。その彼が突然外に出て、しかも慣れない人間に触れられているのだから。 「怖いか」 「……平気です」 三蔵の両腕の中で丸まるようにして縮こまっていたので、その声はくぐもってよく聞こえなかった。 それまで気丈にしていたゴノウだったが、いざ焔と離れる段になって、小さな子どものようにしゃくり上げて泣き始めてしまった。それを見る焔も本当に辛そうで、三蔵は掛ける言葉がなかった。横抱きで、三蔵の車の助手席にゴノウを乗せた焔は、取り繕ったような笑顔で三蔵に向き直った。 「……よろしく、頼む」 「……ああ」 そして焔は、足元に置いていた紙袋を持ち上げた。その中には本や服や、色々なものが入っている。 「……何の本だ、これは」 「ああそれは……猫の飼い方」 「……お前な……」 本当の猫と同じ扱いをしていいのか、と三蔵が顔を引き攣らせて言おうとすると、焔は笑って首を振った。 「そうじゃない。だが、猫の特性は殆ど引き継いでいるんでね……猫にとって毒になるような食べ物とかはそのままゴノウにも毒になるから、その参考のために」 「……ふん」 「あとは簡単な衣服とか、ゴノウが気に入ってたブランケットやクッションが入ってる」 渡された紙袋を受け取りながら、ゆっくりと視線を車の助手席に送る。ゴノウは助手席で膝を抱えて小さく丸くなり、一人で泣きじゃくっていた。それに、自分に存在したことすら気付かなかった良心がズキズキと痛む。 「……検診は、いつ来る」 そう問うと、焔は三蔵にではなく、ドアの開けたままの助手席の前に片膝をつき、丸くなって泣くゴノウに向かって言った。 「ゴノウ、聞いてるか?」 そう言うと、膝に伏せていた顔をちらりと上げる。顔は涙で濡れ、赤くなっている。 「毎月、二十日だ。二十日になったら検診に行く。分かったか? それ以外でも時間が空いたら会いにいく」 そう言うと、頷くことしか知らないようにゴノウはひたすらに頷いた。そしてまた殻に閉じこもるように小さく丸まった少年を、辛そうに見上げていた焔は、踏ん切りをつけるようにして立ち上がり、もう一度三蔵に向き直った。 「……じゃ、頼む」 「ああ」 「……と、ちょっと待てよ」 何かを思い出したようにして三蔵を制止した焔は、自分のドクターコートのポケットを漁り出した。そして結局スラックスの後ろのポケットから何かをひっぱり出す。そしてそれを三蔵の手の平の上に落とす。 「……十字架……?」 「ああ、ゴノウがここに連れて来られた時の、唯一の所持品だ。ひょっとしたらゴノウは元はクリスチャンなのかも知れないし……もしかしたら身元の特定に繋がるかも知れない」 「……身元を特定したいのか?」 訝る三蔵に、少しだけきまり悪そうな顔をして焔は足元に視線を落とした。 「……実は、ゴノウは正式に縁者から引き渡されたわけではないらしい。だからひょっとしたら……彼の家族が、今でも探しているかもしれないんだ」 それには流石に三蔵も思わず顔を引き攣らせた。 「それは立件されれば立派な犯罪だぞ!」 「だから危険が伴うと言っている! ……すまない、頼む立場でありながら……」 そう下手に出られれば無碍にも出来ず、三蔵は恨み言を呟きながら、それでも、 「……一旦引き受けたもんは仕方ねぇ。連れてくぞ」 「ああ。……頼む」 結局それから、泣きじゃくり続けたゴノウと焔は目を合わせることもなく、車はゆっくりと発進した。 泣きじゃくっていたあの姿は、もう二度と見たくはない、と思う。三蔵は涙を誘われるようなもの、というのは基本的に嫌いだったし、赤ん坊や子供の泣き声だなんて耳障りなものに過ぎなかった。だが、あの姿だけは、目にするだけで胸がズキズキと痛みを訴えるほどで。今こうして腕の中にいる彼を見るだけでもどうしようもない、謂われない申し訳なさに襲われた。 彼もきっと時代の被害者の一人だ。誰もが自分のことしか考えられないような切羽詰った世の中で、子供や動物などの弱いものはまず最初に切り捨てられる。ゴノウの家族は彼を探してくれているだろうか。 そういえば焔も身寄りがない子供だったと言っていた。所謂ヘテロクロミアが同じ子供や世話をする大人から奇妙だとされ、孤児院の中でも孤立していたと聞いた。 (アニマルヒーリングってか……) 焔は三蔵を人嫌いの気があると評したが、実際彼だってそんなに人付き合いの好きなタイプではない。それはやはり過去の痛みがあるせいか。そしてゴノウも。 腕の中でフルフルと震えるその身体は、女子供とは違うがそれでもこの背の大きさから見れば軽すぎると言えた。地下から繋がるエレベーターに乗り込み、三蔵の住む最上階のボタンを押す。すぐに軽い負荷が掛かり、浮き上がるようにエレベーターは動き出した。それに、顔を伏せていたゴノウがそろそろと顔を上げた。 「……大丈夫だ、すぐに止まる」 こんな声が自分に出せたのかというような殊更優しい声で告げ、彼の耳を撫でてやる。すると少しは緊張が解れたのだろう。フウ、と息を吐いて頼りなさげな目で三蔵を見上げた。その二つの翠玉が三蔵を映す。尤も、その片方は本物の鉱石だ。 「……義眼?」 「ああ……猫と合成されてしばらく、他の子よりも酷い拒否反応が出てな。しばらく発狂したように暴れ回って自傷に走ったらしい。……そしてある日、目の痒みを訴えて」 そこまで言って、焔は顔を顰めた。“自分で傷つけた”ということだろう。しかし。 「抉り取ったんだ、自分で」 「抉り取った……?」 「きっと、拒否反応のせいじゃ、なかったんだろうが……」 三蔵の問い返しに首肯した焔は、ころりとベッドに転がって、窓の外の蝶を眺めているゴノウの後ろ姿を見つめていた。 どうやらゴノウは見た目どおりの可愛い子供ではないらしかった。まず身元からしてはっきりしない、唯一の所持品は十字架、焔に言ったとされる言葉。それは本当に「こんな身体にされ、弄ばれるのが嫌だから」という理由なのだろうか。それすらはっきりしなかった。発狂して抉り取ったという右目。そこには贅を尽くしたエメラルドが使われているという。……義眼に宝石を使うことに躊躇いすらもたないほど、あの組織は儲かっているのだ。孤児を餌にして。同じ孤児だった焔は、どんな思いで毎日連れて来られる子供達を見ているのだろうか。 エレベーターが最上階に辿り着くと、チン、と軽い音を立てて静かにドアが開いた。片腕でゴノウを支えつつ、足元に置いていた紙袋を持ち上げてエレベーターから出る。慣れないエレベーターにやはり少し緊張していたのだろう、ゴノウは小さく息を吐いた。 「怖かったか?」 「……い、いえ、大丈夫です!」 そんな風に頬を少し赤くしてぶるぶる首を振るから、少しは気を許してもらえているのだろうかと期待してしまいそうだった。無駄に豪華なこのマンションは廊下も毎日クリーニングが入り、綺麗にされている。帰って来ても塵一つ落ちておらず、照明も凝ったものが使われている。元が豪華なマンションだが、この最上階は特に贅が尽くされていた。というか、この最上階は全て、三蔵の伯母の所有しているものだった。自分の企業に入るならこのマンションを全てお前にやる、と事も無げに言ってのける伯母に、思わず眩暈がしたものだ。尤も、三蔵の名義になっているのはこの最上階の一部屋だけだ。固定財産が増えると税金が掛かる、というのが三蔵の考えである。 廊下が綺麗なのを確認して、ドアの横にそっとゴノウを下ろす。そしてポケットを漁り、鍵を取り出してドアを開けた。 「ここが、これからお前の家だ」 ひょこ、と家の中を覗き込んだゴノウはまず、ケホンと咳き込んだ。何だ、と思い考えてみれば、そういえば煙草臭いのだということに気付く。滅多に誰も家に上げない三蔵は、殆ど空気清浄機を使うことがなかった。これからは毎日使う必要があるな、と考えながら、ケホケホ咳き込むゴノウの頭を撫でた。 「悪いな。苦手か? この匂い」 「……大丈夫、です。慣れます」 少し目を潤ませて咽るようにしていたゴノウは、トントンと自分の胸を叩いて大丈夫だと言った。まず真っ先に空気清浄機を付けよう、いや寧ろもっと性能の良いのを買ってもいい、と三蔵は思いながらその背中を部屋の中に押しやった。 「すごい……広いですね」 興奮したように頬を微かに紅潮させたゴノウは、きょろきょろと物珍しそうに部屋の中を眺めている。 「……家中見てもいいぞ」 そわそわしているゴノウにそう声を掛けてやると、まだ少し躊躇っていたものの興味が勝ったのか、ちょろちょろと部屋の中を覗き始めた。リビングから消え、寝室を覗いたりトイレを覗いたりと忙しない。その度にひょこひょこ動く黒い尻尾が何とも倒錯的な気もするが、正直なところ可愛らしい。 「すごいです、お風呂のバスタブが焔のベッドくらい大きいです!」 それは奴のベッドがシングルだからだ、と言いたかったが、何となく可哀想になって言うのを止めた。今度は寝室を探検に行ったらしいゴノウの尻尾を見送って、三蔵は焔から渡された紙袋の中身を開けることにした。袋を持ってリビングへ向かい、ローテーブルの上にその中身を全部出した。 入っているのはまず『猫の飼い方』。子供用だというのが何とも憎らしいがそのくらいの方がすぐに読みやすくていいだろう。その本は後でじっくり読むことにして、ソファの上に移した。大きなビニールに入っているのは服のようだった。服と言っても一、二枚、しかも今ゴノウが着ている、背中に研究所の名前と記号の入ったツナギだ。明日にでも新しい服を買いに行こう、と計画を立てながらその服をビニール袋に戻した。もう一つの一回り大きな袋はきっとクッションが入っているのだろう。 「さて……」 明日は買い物だな、と考えつつ、立ち上がって壁の掛け時計を見上げる。そしてベランダから外を見れば、もう夕日がリビングに差し込んでいた。もう五時過ぎだ。 「ゴノウ」 「はい」 廊下から寝室に向かって声を掛けると、部屋の中から声がして、とたとたと部屋からゴノウが出てくる。そして足元まで歩み寄ってきた。 「明日は買い物に行くからな。服を買う」 「え……」 「何か不都合でもあんのか?」 急に声を上げたゴノウに訝しげに三蔵が返答すると、ゴノウはそれを怒ったのだと勘違いしたようで、肩をびくりと怒らせて縮こまってしまった。叩かれるのを待っているようにも見えて、自分が悪人のように思えた。 「あー……いや、怒ってるんじゃない。顔を上げろ。……何か明日出掛けられない理由でもあったのか?」 髪を撫でながら宥めるように声を掛けると、そろりとゴノウは顔を上げた。 「だって僕、お金ない……です」 「…………あのな」 真剣な顔をして呆けているのだろうか。誰が一文無しの子どもから金を取るというのだろう。 「馬鹿なことを気にするな。全部俺が持つ」 「ええっ、でも、僕お金返せないです!」 「…………だからな……」 真剣な顔で、しかも少し泣きそうになりながら言うゴノウに思わず脱力する。 「いいか。明日お前に服を買う。そしてその金は俺が払う。お前はそれを黙って着ていればいい」 「お金は……?」 「誰がペットから金を取るんだ!」 そう言うと、一旦納得したようだったゴノウは、しゅんと頭を垂れて呟くように言った。 「でも……僕は何も出来ないのに……」 そう、ぽつりと漏らしたゴノウに、三蔵も何となく、彼の言いたいことが解ってきた。 ゴノウは十五だ。もう自立心の芽生えてもいい頃で、親の保護下にいることを嫌に思ったり、早く大人になって自立したいと思う年頃である。それなのに『ペット』という立場で、働きもせずにこんな場所で楽に暮らしていくということが苦痛なのもよく分かる。 「ゴノウ」 「はい……?」 「お前は何が出来る」 「……?」 「掃除は」 「あ、で、出来ます」 「洗濯は」 「……出来ます」 「料理は」 「た、多分」 矢継ぎ早にされる質問に、ゴノウは戸惑いながらも答えた。 「雇ってやるよ、住み込みのハウスキーパーとして。そして、服代も毎日の食費も日々の給料から出す。いいな?」 その言葉をじっと聞いていたゴノウは、十秒ほど固まって、急にこくこくと頷き始めた。 「はいっ!」 途端嬉しそうになったゴノウに、三蔵は先ほどまでの心の波が凪ぐのを感じて、思わず俯いて大きく息を吐いた。 「……さんぞう、苦しい、ですか……?」 そう言えば、やっと初めて普通に名前を呼ばれた、と気付くのは、三蔵が夜シャワーを浴びている時だった。 「さっき料理は“多分”と言ったが……出来るのか?」 「ほむらが全然出来ませんでしたから」 そう言いながら、ゴノウはキッチンで手を洗い始めた。料理に関しても掃除洗濯に関しても、三蔵は苦手なのではなく単に面倒なだけなので、本当にゴノウが出来ないのなら自分でやってもいい、と思っている。 「ご飯は、何にしますか?」 「……何でもいいんだが」 出来るだけ簡単なものにした方がいいだろう。そう考えて、冷蔵庫を覗き込むゴノウの後ろから中を覗き込んだ。途端、ビクリと彼の背中が硬直した。三蔵が背後に立った瞬間、息を呑み、飛び退るように三蔵の前から逃げたゴノウは、その大きな目に少し怯えたような色を覗かせていた。 「あ……ごめんなさい……」 「……いい、びっくりしたんだろう」 キッチンの床にへたり込んだ彼の足元にしゃがみ込み、しょげ返るその頭を撫でてやる。三蔵の知り合いがうっかり見たら別人だと否定するだろうかというほどの甘やかしっぷりだ。暫くそうして頭を撫ででやっているうちにホッとした笑みを向けたゴノウは、俯きがちにぽつりと漏らした。 「人が、怖くて」 「……?」 「初めは、ほむらのことも引っ掻いたりして、怪我をさせたりしてて」 「……」 「もしかしたら、さんぞうのことも……」 「侮るな」 自虐思考に走りかけたゴノウの顔を覗き込む。少し怯えているようだった。それでも伝えなければならないことがある。 「俺はお前一人暴れたくらいで死にゃしねぇしお前を捨てたりしない。いいな、下らねぇことは考えんな」 その言葉に、しばらくぼうっとしていたゴノウは、ゆっくりと顔を上げて、一度、こくりと頷いた。くたり、と床に両手をついたその小さな身体を支える。頼りなく崩れる身体を、思わずそのまま胸に抱きこんだ。ゴノウはその胸の中で、一瞬大きく目を見開き、安心したようにゆっくりとその目を閉じた。 結局、三蔵の漏らした“卵が余っている”という言葉でゴノウはオムライスに決めたらしく、卵を割り混ぜ始めていた。小さな身体でなかなか器用なものである。三蔵はそれをカウンター越しに眺めながら、焔から渡された『猫の飼い方』を読んでいた。平仮名が多く、漢字や片仮名に至るまで悉く振り仮名がついているのに苛立ちながらも読み進めている。内容的には大人向けとそう変わらないが、理解しやすくなっているのだろう。 (玉ねぎ、葱、イカタコアワビなどは毒……か) 他にも煮干・海苔・レバー・生卵白……。 「ゴノウ」 「はい?」 「卵は完全に火を通せ」 「? ……はい。ほむらは半熟が好きでしたけど……」 「駄目だ」 「は、はい」 カウンター越しに見ているだけでもゴノウの料理の手際はとてもよかった。腕の細さにフライパンが少し重そうではあるがひっくり返す動作も鮮やかだ。ふわりと香ばしい、美味しそうな匂いが広がる。 「ケチャップはなんの形がいいですか?」 「……は?」 その突飛な質問に思わず声を上げた三蔵に、ケチャップを手にしていたゴノウはコテンと首を傾げた。その仕草に少し嫌な予感をを覚えながらも、恐る恐る問う。 「……ちなみに焔は?」 「ほむらは星型です」 あの馬鹿、ショタコン、と内心詰りながら三蔵はちょっとでも奴に同情したことを後悔した。そう、あれでなかなか図太い人間なのだ。 「……適当でいい」 「じゃあ、ほむらとおそろいの星で……」 「お揃いって止めろ」 結局真っ赤なケチャップで星の描かれた綺麗なかたちのオムライスが目の前に運ばれてくる。諦めてスプーンですぐに消してやる、とスプーンを持ち上げると、いつの間に作ったのか、千切ったレタスとトマトのサラダの小鉢を持ってゴノウが現れた。 「あ……勝手に野菜出してごめんなさい……」 鉢を凝視した三蔵を、怒っていると思ったのか、身体を縮こまらせてゴノウが頭を下げた。こうして彼と接していると、いかに自分が言葉の足りない人間なのか思い知らされるようだ。結局自分は、態度で示してそれを察してくれる周囲の人間がいるからこそ、普通に生活出来ているのであって。 まだ少しビクビクと怯えている様子のゴノウに手を伸ばすと、叩かれると思ったのかぎゅっと目を瞑った。 「怒ってない」 「……?」 そろそろと目を開けたゴノウは、頭を撫でられていたのだと気付いて目を瞬かせた。 「俺はよく言葉が足りないと言われる」 「……」 「だが言える限りのことは言うようにする。だからそう怯えるな」 そう告げて、あくまでも優しく耳を撫でてやると、ゴノウはこくりと頷いて、頭を下げた。 「僕も、ごめんなさい」 「……何で」 「ビクビクしてばかりで」 「色々言った後だが、して当たり前だろ。今日会ったばかりで」 そう自分で言った後、(ああそうだ、今日初めて会ったんだ)と実感する。正しく言えば今この瞬間まで忘れていた。 「鼻にケチャップついてるぞ」 「え?」 ダイニングテーブルの向かい側に座るゴノウに手を伸ばして、鼻の頭を指で拭ってやると、少し恥ずかしそうに俯いてはにかんだ。今日は初めて名前を呼ばれたり、自分から誰かに歩み寄ったりと、そういえば初めてのことばかりだ。そう思い立ったのは食後に煙草を吹かしている時のことだった。 伏線バレバレの予感。恥ずかしい。長くなりそうなので初夜エピソードを次に分割。 2005/8/22 |