さらさらさらさら草が鳴く。頬を撫でる風は心地よく、髪の先を攫っていく。先を急いで繋がれた両手を引けば、背後から笑う声が重なり合って聞こえてきた。それが嬉しくてきょろきょろと左右を振り返る。自分の手首に付けられた重苦しい枷がじゃらりと音を立てたが、そんなことも気にならなかった。背丈の高い草の先を撫でるように吹いた風が、優しく手を握ってくれる人の髪を撫でていった。煽られるそれを手で押さえながらその人は空を見上げる。赤く染まったレンズの向こうの眸が優しく細められるのを、何だか苦しいようなドキドキするような思いで見上げていた悟空は、ふともう片方が気になって左を向いた。毛足の短い黒髪が風に吹かれてさらさら揺れている。その黒い眸は赤い空を見上げる綺麗な人を映していて、普段とは違う、何だかとても優しい表情をしていた。それを見ているとさっきとは少し違う嬉しいドキドキがして、悟空はぎゅっと二人の手を握り返した。すると二人ともふと我に返ったように視線を落として、少し驚いたような目で悟空を見た。何だか悪戯が成功したような気分で誇らしげに笑うと、片方は笑ってくれて、もう片方は悪戯の仕返しとばかりに軽く拳で悟空の頭を小突いた。いつも大人で動じることのない大人たちが驚くところを見られたのが何だか嬉しくて小さく笑っていると、それを咎めたように「こら」と怒られた。その声は全く怒っておらず、逆にくすぐったくなってしまう。笑いを噛み殺して空を見上げる。綺麗な色。その視界の中を、ふっと何かが通り過ぎていった。
「天ちゃん、今のやつ何? ひゅんって飛んでった!」
「あれは赤とんぼですよ。秋になるとよく見られるんです」
「そうなんだ……速過ぎてあんまり見られなかった。もっと近くで見られないかなぁ」
 そうですねえ、と呟いて何か考えるように空を見上げた天蓬は暫く黙り込んでしまった。その代わりに別の声が上から降ってくる。
「ほら、見てろよ悟空」
「え、どうするの?」
 立ち止まり、反対側に立った捲簾を見上げると、彼は悪戯小僧のように笑ってみせて、赤とんぼの飛ぶ空に向かってグローブに包まれた指を伸ばしてみせた。暫く何も起きなかったが、悟空は黙ってそれに見入る。するとその時、ふわりと飛んできた一匹が羽ばたいたままその場に止まり、すぐに吸い寄せられるようにその指先にとまったのである。
「……すごい! 何で? まほうの指!?」
 思わずそう言った悟空に、一瞬驚いたように目を瞠った彼は途端に笑い出した。その時に身体が揺れたせいか、指先に止まっていたとんぼは驚いたように再び飛んでいってしまった。それが見えなくなるまで目で追った悟空は、笑われたことが納得いかなくて頬を膨れさせて彼を見上げた。彼はまだ笑っている。それをつまらないような思いで見上げていると、後ろに立っていた天蓬のやさしい手がそっと悟空の頭の上に載せられた。
「悟空、とんぼはああやって指を動かさずに近くに伸ばしておけば勝手に止まるものなんですよ」
「そうなのか……じゃあおれでもできるかなあ」
「ええ、きっと」
 そう言って笑う彼を見上げて、悟空は恐る恐る自分の指を空に向かって伸ばしてみた。勿論先程の捲簾のような高い位置までは伸ばせない。しかしとんぼが飛んでいるのは更に上の方だ。精一杯背伸びしても届かない。そう思っていると、ふと後ろから肩を叩かれた。そして不満そうなままの顔を上げてみると、再び悪戯っぽく笑った捲簾が自分の前にしゃがみ込んでいた。
「肩に乗んな、届かねえだろ」
 彼に促されるままにそのがっちりとした肩に乗ると、ゆっくりと彼は悟空を落とさないように水平を保って立ち上がった。ふらふらする身体を支えようと髪の毛を掴む。下の方で彼が何か文句を言っていたがそれは耳に届かず、悟空は先程の彼よりも更に高い位置で指を伸ばした。そのうち、ふわりと風に乗るように近づいてきた赤い小さなとんぼが悟空の指先の近くで止まった。そしてすすっと近付いてきて、その羽を休める。眼前すぐ近くにあるそれをまじまじと眺めていると、褒めるように天蓬が微笑んでくれた。
「でも、このままじゃ動かせないからあんまり見れないや……」
「じゃあ少しだけ捕まえてみますか?」
 そう言った天蓬は、一歩こちらに向かって近付き、指先をそっと悟空の方へと伸ばした。そのままとんぼの羽を掴むのかと思ったが彼はそうはせず、伸ばした人差し指をとんぼの目の前にそっと近づけてゆっくりと円を描き始めた。なるべくとんぼのとまった手を動かさないようにと気を付けながらその行為に見入る。暫くそれを続けていた彼は、突然それをやめて無造作にとんぼの羽を掴んだ。途端にとんぼはバタバタと暴れるが、天蓬が両羽を合わせて持つと、まるで諦めたように抵抗するのを止めた。
「すごい、何で逃げなかったの? ……」
「そうやってな、目の前でぐるぐる指を回すととんぼが目を回すんだよ」
 逃がさないように、羽を傷つけないように天蓬からそっととんぼを受け取り、まじまじとそれを眺めた。まるで空の赤い色を映し取ったような身体の色をしている。羽は力の加減を誤ればすぐに破けてしまいそうなほど、繊細で薄い。
「不思議でしょう、こんなに小さいのに、風に負けずに羽ばたく力があるんです」
「ホントだ。羽なんてすぐ破けちゃいそうなのに、すごいや。こんなに小さくても生きてるんだ」
 笑って頷いた天蓬は、少し視線を落としてそちらに向かって再び微笑んだ。きっと捲簾に向かって笑ったのだろう。少し動揺したように、悟空の足を掴む捲簾の手に少し力が籠もって、揺れたような気がしたのだった。そして再び指に摘まれたとんぼを見つめる、手の中でじっと縮こまったそれが何だか可哀想に思えて、悟空は思わずそのまま手を離してしまった。
「あ」
 誰が漏らした声だったのか分からなかった。そのまま飛び去っていくとんぼを三人で眺め、誰かが吐いた溜息で我に返る。
「ごめん、おれ離しちゃって……でも」
「やっぱりとんぼは、飛んでいる姿が一番いいですねえ。ねえ捲簾」
「そうだな。秋の風情がある」
 折角捕まえてくれたのに、と謝ろうとした悟空の言葉を遮るように天蓬はそう言って捲簾に話しかけた。そして悟空の方にも、ねえ、と同意を求めるように首を傾げてみせた。
「……うん、飛んでるところが、いちばんきれいだ」
「その気持ち、忘れないで下さいね。ずっと、大人になっても」
 突然告げられたその言葉に、悟空は咄嗟に反応出来なかった。彼は静かに微笑んでこちらを見つめている。どうにか答えなければ、と焦り、悟空はとにかく頷いた。捲簾は少し下を向いたまま何も言わない。それを少しだけ、どうしてか少しだけ悲しそうに見える目で見つめていた天蓬は一瞬瞼を伏せて俯き、再び悟空の方へ顔を上げた。その時には既に先程の悲しそうな表情は一掃されていて窺うことは出来なかった。ねえ、悟空、と力なく囁かれた声に悟空は拳を握り締めた。
「忘れないよ、ずっと」
 きっとずっと忘れることは出来ないだろう。そう言うと、天蓬はそっと笑ってくれた。深く、濃くなった紅色が彼の白い頬を染めている。何と言っていいのか分からぬまま口篭る悟空に、少しだけ顔を上げた捲簾は、慰めるようにポンポンと膝を叩いてくれた。
「そろそろ、行くか」
「ええ……帰りましょうか、悟空」
 天蓬が悟空を見上げてにっこり笑った。くるりと振り返った捲簾も穏やかに笑っている。じんと胸の辺りが暖かくなって、嬉しくて、大きく頷く。捲簾が歩き出して、その度に身体が少し揺れる。どうしようかと思っていると、すっと目の前に手が差し出された。彼の白衣が夕日の色に染まって、秋風に吹かれている。
「掴まっていいですよ」
「……うん」
 すらりとしたその手に掴まって身体を支える。そしてさらさらと悟空の肩ほどまである背丈の高い草の表面を撫でてから頬に届いた風にふと顔を上げた。ずっと広がる草原の向こう側に大きな夕日が沈んでいく。草原の中の一本道を歩きながらそれがゆっくりと沈んでいくのを眺めて心地のいい風に心を任せた。
「なんかオレンジみたいだ」
「本当ですね、おいしそう」
「お前らは……色気よりも食い気だな」
 いろけって、と訊ねれば捲簾は言葉に詰まり、そんな捲簾を見て天蓬は楽しそうに喉を鳴らして笑った。彼の、細くてそれでもしっかりとした指を掴んで、笑いかける。天蓬も優しく微笑みかけてくれて、また胸の辺りが暖かくなった。暖かくなった自分の胸を見下ろして一人で嬉しくなっていると、悟空の手を握る天蓬の手に、少しだけ力が籠もった。身体は一定のリズムで揺れる。捲簾は真っ直ぐに前を見つめたまま何も口にしない。その広い世界には風が草を揺らす音だけが耳鳴りのように響いていた。
 いつの間にか太陽はずっと低くなっている。きっと背後には長い影が伸びているのだろう、そう思って、悟空は振り返ろうとした。しかしその瞬間にそれを咎めるように声をかけられて振り返るのをやめる。
「悟空、悟空、覚えていて下さいね、忘れては駄目。あなたはいつだって一人ではないことを」
 その声に悟空は顔を上げた。しかし天蓬もまた、真っ直ぐ前を見つめていて、表情を窺うことが出来ない。
「てん、ちゃん? ……ケン兄ちゃん?」
 たった数秒前に草を揺らした風が天蓬の、捲簾の髪の毛を揺らして去っていく。
「強くなれ、悟空。いずれ見つける大切なものを自分で守れるくらいに強く」
「二人とも、どうしたの……」
 何故か、暖かくなっていた胸はすっと冷え始めていた。手を離したら、天蓬がどこかに消えてしまいそうで慌てて強くその手を握ろうと力を込めようとした。しかし握った掌はあっさりと空を掻いた。まるで風に攫われたように、彼は一瞬にして消えてしまった。慌てて今度は捲簾の身体に触れようとしてみる。その途端、悟空の小さな身体は道の真ん中に落とされた。風の吹きすさぶ、一面赤く染まった世界に悟空は一人座りこんでいた。急に落ちた痛みなど気にならず、悟空は慌てて立ち上がり、辺りを見渡した。彼らの姿はない。
「天ちゃん……ケン兄ちゃん!」
 力一杯声を張り上げても、呆気なく自分の声など草が揺れる音に掻き消されてしまう。まるで草に覆い隠され、その音に全て封じ込められてしまいそうで、怖くて悟空は逃げるように走り出した。
「……ッ、こんなの、いやだぁ!」
 目に涙が滲む。見上げた、半分以上沈みゆく夕日がゆらゆらと揺れて滲んで見えた。じゃらじゃらと鎖が煩い。そのうち、息が苦しくて走れなくなる。道の真ん中で膝に手をつき、荒い息を繰り返す。そして再び空を見上げた。日が沈んでしまう。太陽がいなくなってしまう。自分の周りの全てが闇に鎖されてしまう。
「……どうして置いてくんだよ! なんで……」
 そのまま頽れるように地面に座り込む。爪を固い土の地面に突き立てて、容赦なく去っていこうとする太陽を睨み付けた。土にぽたぽたと落ちた涙が、跡を残して染み込んでいく。
「ひとりじゃ、強くなんてなれないよぉ!」
 太陽は去り、少しだけ残った光が尾を引いている。それもまた、闇に包み込まれるようにして消えていった。
 ざわざわ、ざわざわ。三人でいた時には心地よく思えたその音が、今にも自分に襲いかかってくる魔物の足音にすら聞こえた。身動きも取れず、逃げる場所もなく、悟空はその場で小さく蹲った。救いの光は現れない。暗闇の檻の中に囚われたまま、それ以上身動きも出来ずにいた。
 世界は闇に鎖される。先程まで暖かかった胸は、氷のように凍て付いていた。










「悟空!」
 三蔵に揺り起こされて目が覚めた悟空は、上体を起こして素っ気無い宿の内装をぐるりと見渡した。窓の外の空は赤く染まっていた。背中がじっとりと汗で濡れていて気分が悪い。そして再び力なくぼすんとベッドに舞い戻る。しかしすぐにベッドから起き上がり、顔を洗おうと外へ出た。昨日は朝にようやく街へ辿り着き、何とか頼み込んで部屋を取り、そのまま四人とも眠気に耐えられずにベッドに倒れ込んだのだ。空が赤くなっているところを見ると、今やっと夕方なのだろう。後ろから三蔵がついてきた気配がしたけれど、振り返るのも億劫だった。
 外に通っている水道で顔を洗い、首から提げていたタオルで少々乱暴に顔を拭く。そして大きく息を吐きながら空を仰いだ。赤く染まった木々を見上げて、悟空はふと足を止めた。空色から茜色、そして濃い紫紺へと移り変わる空に視線が釘付けになる。近くの木に寄り掛かって煙草に火をつけていた三蔵は、突然立ち止まって空を見上げた悟空の様子を少しおかしく思ったのか少し訝しげに小さく片眉を上げた。悟空はそのまま空を見上げて動かない。流石に気になった三蔵は、言葉を選びながら声を掛けた。
「何を、見ている?」
 悟空は返事をしなかった。ただ何か懐かしむような目をして空を見上げている。木立が揺れ、さわさわと音を立ててはからからに乾いた枯葉を足元へと落としていく。悟空の金の眸には赤い光が映りこんでいる。その視界に、ふ、と過ぎっていくものが一つ。
「赤とんぼが、さ、飛んでるなあと思って」
「は?」
 胡散臭そうに顔を顰める三蔵に目もくれず、ふと悟空は思いついたように自分の指先を空に向かって伸ばした。何を始めようとしているのかと三蔵が納得いかないような顔でこちらを見ているのが分かった。ふっとデジャビュが襲う。
 暖かい夢だった。両手に残る温もりがまるで本物のようだった。温かな手に包まれて、本当に幸せだった。幸せな夢。ただ、顔だけが靄が掛かったように思い出せずにいる。忘れないで欲しいと願ったその人の顔が、抱き上げて肩に乗せてくれた人の顔が思い出せない。
 そんなことを思っているうちに、ついと近づいてきた赤とんぼが様子を窺うように悟空の指先の近くで一旦止まり、それからそっと指先で羽を休めた。
「……よく捕まえ方を知ってたな」
「教えてもらったんだ」
「誰に……八戒か」
「違う」
「悟浄か」
「違うよ。……分かんねえんだ」
 誰かも分からない。知っている人かも分からない。しかし小さな自分はその人たちと手を繋いで本当に幸せだった。もう一度会いたい。顔も思い出せない彼らにもう一度会いたくて、堪らなくなった。どこにいるのかも分からないのに、いても立っても入られないような気分になって逃げるように部屋を出たのだ。どこにいる。誰なんだ。どうしてこんなに会いたくなるんだ。
「何で泣いてんだ、お前は」
「分かんねえよ!」
 声を荒げると、驚いたようにとんぼは指先から飛び去ってしまった。とんぼのいなくなった手をぎゅっと握り締めて身体の横に下ろす。
「……ごめん」
 八つ当たりを詫びて、唇を噛む。俯いて頭を振るい、再び赤く染まった空を見上げた。瞼を伏せる度に、夢の中での彼らの姿が薄まって記憶から消えていく。消えないで、と必死に記憶しようとしても次の瞬間には声も思い出せなくなった。姿も、どんな会話をしたかも、彼らの残したことばも。なのに、彼が少し悲しそうな顔をしていたことや、忘れないで欲しいと願ったことだけは覚えている。なのに。
 駄目だ。全てを忘れてしまう。
 重力にすら押しつぶされそうで、悟空はそのまま膝から頽れた。踏み固められた土の地面に握り拳を押し付けて、ぎゅっと目を瞑る。
「おれ……ちゃんと強くなれたのかなあ」
 彼等が誰だかは分からない。しかしとてもとても強い人たちだったことは何故か知っていた。今の自分は、あの人たちと肩を並べられるくらいに強くなれているのだろうか。この程度の力であの人たちに笑われたりしないだろうか。だってあの人たちは命を懸けて。
(命を懸けて、何だ?)
 消えた二人はあの後どこへ行った? そもそも自分は今何を考えていたのだろう、今きっと自分は何かを思い出し掛けたのだ。
 頭から消えていくその二つの残像がそっと悟空に微笑み掛けた気がした。
 空を切った自分の掌をじっと見つめた。その視界の中、小さな小さな赤とんぼがふわりと風に乗って近づいてきた。そのとんぼは暫く悟空の指先の近くで羽ばたいていたが、ふっと引き寄せられるように人差し指の先にとまった。羽を下ろし、休んでいるように見える。大きく、どこを見つめているのか分からない目が光を映している。そっとその手を自分の顔に近づけて、その目を見つめて呟く。
「おれ、強くなったかな」
 そう呟けば、赤とんぼは弾かれたように悟空の手から飛び立ってしまった。咄嗟に顔を上げれば、夢の中の光景のようなオレンジ色の太陽が、赤から紫へ、紫から闇色へ映りゆく空に沈んでいくのが見えた。飛び立ったとんぼがその太陽へと向かって飛んでいく。
 ゆっくりと振り返った先で、三蔵は少し困惑したような表情のまま煙草を燻らせていた。その少し鼻につく香りが、何かを呼び覚ます気がしたけれどすぐに諦めてしまった。再び目を伏せて思い出そうとしてみても、先程よりぐんとその像はぼやけていた。瞼を開け、見つめる先の三蔵の眸は今の空と同じ色をしている。
「……なあ、三蔵」
「今俺が、お前は強いと言ったら、お前はそれ以上強くなるのを止めるのか」
 そう言われて、悟空は続きを言うことが出来なくなった。
「やめ、ねえよ、そんな……」
「答えを出すのはまだ早い。いくら数秒前まで強かろうと、向上心を欠いたらその途端にお前は只の弱い男になる」
 その言葉に、初めて強さというものを考えた。腕力があることだろうか。スピードがあることだろうか。あの二人の持つ強さとは一体どんなものだっただろうか。二人の持つ強さは、そんな見かけばかりのものではなかったはずだ。
 『いずれ見つける大切なものを守れる強さ』が必要だった。それは簡単そうで、簡単じゃない。拳を強く握り締め、視線を一瞬落としてから、再びその強い光を秘めた紫を見上げた。彼は臆することなくこちらをじっと見つめていた。
 その目は自分を試している。そうだ、自分が自分を信じなくてどうする。
「俺、三蔵には負けねえよ」
「……何?」
「悟浄にも、八戒にも、絶対に負けねえ。……くらい、強くなるのが、当面の目標」
 そう付け加えてちらりと彼の顔を仰げば、呆気に取られたように目を見開いた彼の珍しい表情が見られた。驚いて暫くそれを見つめていると、彼はそれに気付いて少し怒ったような顔をした。
「クソガキが」
「強くなるんだ、絶対に」
 そう言うと、何故か三蔵は虚を突かれたような顔をして言葉を失った。
 彼らに笑われないように、胸を張って誇れるように。いつか、もしもチャンスがあるのなら、あの小さな頃の姿ではなく、今の自分の姿で彼らと堂々と肩を並べられるように。

 そんなことを言いながら、もしもまた彼らに会えたら涙が堪えられない気もするのだけれど。
 そうしたら彼らは、しょうがないなと笑ってくれるだろうか。そう思うと胸の奥に、あの時の暖かさが満ちた気がした。











秋の偽親子でシメ。これではまるで捲天が天国の父と母のようです。