この家は毎日何かしか騒動が起こる。その火付け役は父であったり母であったり二人の子供だったりする。しかし最近それは鳴りを潜め、実に穏やかな日々が続いていた。それはとてもいいことのはずなのに、賑やかさに慣れた彼らには少々物足りない日々であったりもする。その第一の原因は、いつも先頭を切って騒動を巻き起こす母が家に帰ってくるとすぐに部屋に引き篭もるようになったからだった。急いだ様子で仕事から帰ってきて、食事が出来たら呼んで欲しいと言い残してすぐに部屋に入ってしまうのである。中で何をしているのかは分からない。勝手に覗けば跡でどんな報復があるか分からないからだ。そして土日も時間があればどこかへ出掛けていって夜まで帰らない。表面上はいつもと変わらぬ夕食後でも、ソファの定位置にその姿がないだけで何だかいつもよりもリビングが淋しい気がした。
「父さん、何かしたんじゃないですか」
「な、何かって何だ……ねえよ、心当たりなんて」
 食事の席でそんなことを言う息子に、捲簾は慌てたように声を上げた。いつものように天蓬は食事をさっさと済ませてまた部屋に戻ってしまった。食事中にそれとなく訊ねてみるものの、意味ありげに笑うだけで何も答えを与えてはくれなかった。食事を済ませ、正面に並んで座った双子の食事を眺めながら溜息を一つ吐いた。少し大人びた弟の八戒がそんな捲簾を少々呆れたような目で見ながらハンバーグを一切れ頬張り、兄の悟浄は付け合わせの人参のソテーを齧っている。
「でもさ、母さん怒ってる感じじゃねーぞ? 何かむしろウキウキした感じに見えるけど」
「そう言われればそうですね……あ、ネットで何かにハマってるとかかもしれませんね」
 それも一理ある。しかし天蓬は仕事でうんざりするほどパソコンに触れていて、今更ゲームやネットサーフィンに嵌るとは思えない。ならば近頃流行のSNSか何かか。そう考え始めたとき、丁度八戒が思い付いたように口を開いた。
「誰かとネットでチャットしてるとか……父さんに内緒で」
「いやいや馬鹿な、天蓬がそんなことするはず」
「父さん、別に浮気とか不倫とか言ってねえし……」
 悟浄はそう呆れたように言って箸を置いた。そして手を合わせて行儀よく「ごちそうさま」と言ってから自分の食器を重ねてキッチンへと運んでいった。かちゃかちゃと食器のぶつかる音を聞きながら、思った以上に余裕のない自分に呆れて、両手に顔を埋めて腹の底から溜息を吐いた。最後に残った味噌汁を飲んでいた八戒は、空になった椀をテーブルに置き、小さく息を吐いて手を合わせた。
「訊いてみたらいいじゃないですか。さっきはあんなこと言っちゃいましたけど、母さんは父さんにベタ惚れですから」
 ふと物凄く嬉しい言葉を聞いた気がしたが、視線で問い返すとあっさりと無視された。こんなところが奴によく似ている。最前の八戒の言葉を頭の中でリピートしつつ、掴み所のない妻を想って今日何度目かも分からない溜息を吐いた。
「訊いたよ、けど答えなかった。一度訊いて答えない時は何度聞いても無理なんだ、あいつの場合」
「じゃあいずれ話してくれるまで待ったら」
「そんな保証ないだろ」
「ありますよ。この間、もうちょっと待ってて下さいね、とか後のお楽しみですよ〜、って言ってましたから」
「は?」
 そんなことは聞いていない。だとしたら八戒が直接聞いたのだろう。
「そんなこと聞いたんなら早く言え!」
「たまにパートナーを失う危機感を味わうのは倦怠期にならないためには効果的だってこの前テレビでやってました。ごちそうさまでした」
 そう言うと、八戒はぴょこんと椅子から飛び降りて、悟浄と同じように皿を重ねてキッチンへと歩いていった。水の音がする、きっと仲良く食器洗いに励んでいることだろう。それはいい、躾の賜物だ。しかしあのこましゃくれ振りと、天蓬に勝るとも劣らない減らず口は何なのだろう。やはり遺伝なのか。深く深く溜息を吐いた後、空になった皿を重ねて子供たちを追うようにキッチンへ歩いていった。
 そうは言っても、暫く天蓬はそのままの生活を続けていた。どこかうきうきしたような表情で家に帰ってきて、いそいそと部屋に篭って食事と風呂以外は部屋から出て来ない。寝室のベッドで捲簾が一人寝ていれば、暫くしてからごそごそと布団に潜りこんでくるのだが。夜の生活も勿論ご無沙汰だ。二人の子持ちでこの歳とはいえ、溜まるものは溜まるのである。しかしいつも天蓬は捲簾が眠りに就く寸前の微睡んだ状態の頃にやっと部屋に帰ってくるため、流石にそれから、というわけにもいかない。ならば週末ならどうかと思えば、次の日早くから出掛けると言ってさっさと先に眠ってしまう。無闇に手を出して機嫌を悪くさせるのは薮蛇だ。
 しかしそのうち分かるのだと思うと少しだけほっとした。グラスに残った水を一気に飲み干してから立ち上がる。そして、きゃっきゃとキッチンで皿洗いをしている子供たちのところへ歩いていった。

 そして迎えた土曜日、普段は出不精で寝坊ばかりの天蓬は先週と同じく大きな荷物を抱えてどこか浮き立ったような様子で家を出ていった。腑抜けた表情でそれを見送る捲簾の後ろで、子供部屋のドアが開く。そして既にしっかりと着替えを済ませた八戒が眼鏡を掛けながら出てきた。眼鏡の奥の眸をぱちぱちと瞬かせながら、八戒は捲簾を見上げて近づいてきた。
「また母さん出掛けちゃったんですか?」
「ああ。今日は早めに帰るとは言ってたけどな」
「そうですか……」
 八戒は悟浄よりは大人びた物言いをする。しかしこうして表情を見れば、拗ねているのがよく分かる。いつもは休日になれば子供にべったりな天蓬が、朝の挨拶もせずに家を出ていったのだからそう思うのもおかしくはないだろう。複雑そうな表情でドアを見つめている八戒にどう声を掛けていいものか考えていると、開けっぱなしになっていた子供部屋のドアから、パジャマ姿のままの悟浄が目を擦り擦り姿を現した。そして玄関に立つ二人を見つけて、その赤い眸をぱちぱちと瞬かせた。
「はよ……どうかしたのか?」
「別に何でもないですよ、母さんがまた出かけてっちゃったって」
「そーなんだ。で、父さんご飯は?」
 最も拗ねると思われていた悟浄があっさりと事態を受け入れ話を打ち切り、それどころか朝食をねだるのを見て八戒のみならず捲簾も目を瞠った。そんな二人を見て再び欠伸をした悟浄はもう一度「ご飯は?」と訊ねてきた。頭が追いつかぬまま、それでも捲簾が準備出来ていることを告げると、悟浄はぼんやりした表情のまま頷いてリビングの方へと歩いていってしまった。二人は暫くぼんやりとそれを見送っていたが、八戒は先に我に返って、悟浄を追ってリビングへと駆けていった。それに少し遅れて捲簾もリビングへと向かう。すると不服そうな表情をした八戒が悟浄を睨みつけているところだった。
「どうしたんだよ八戒、そんな拗ねた顔してさ」
「誰が拗ねてるんですかっ! ……気にならないんですか? 母さんがいないこと」
 並んでいつもの席に腰掛けて、悟浄は少し困ったように寝癖の付いた頭をがりがりと掻いた。そして捲簾から差し出された味噌汁の椀を受け取り、箸を取りながら言った。
「八戒だって言ってたじゃん。母さんは浮気するようなタイプじゃねえし、もう少しで話すって言ってるし、いいんじゃね?」
 そう言って彼はずずっと味噌汁を啜った。本当に何も気にしていないような顔に、いつまでも口の減らない八戒も思わず毒気を抜かれたように口を閉じた。そして同じように目の前に差し出された椀を受け取って、何事もなかったかのように食事を始めた。既に天蓬と共に食事を済ませていた捲簾は、いつもの席に腰掛けて、二人の食事を眺めた。こうして三人で食卓を囲むことが増えていた。いつもおかしなことばかり仕出かすトラブルメーカーである母親がいない。それだけの話なのだが、四人揃って成り立つ家の雰囲気がすっかり崩れてしまっている。しかし無理に連れ戻そうとしてどうなる相手でもないのだ。
「大丈夫、そのうちあいつも遊ぶのに飽きれば帰ってくるだろう」
「母さんは子供じゃないですよ」
「子供レベルだろ。本に夢中になって一晩明かしたり、風呂で水没しそうになったり」
「母さんが子供なら、父さんもとんとんだと思うけど……」
「あんだとぉ?」

 朝食を済ませて、ゲームを始める悟浄にそれに横からちょっかいをかける捲簾を横目に八戒は算数の宿題を始めた。しかしそれもすぐに終わってしまい、結局二人の間に八戒も割って入り、気付いた時には日が傾き、窓からは赤く染まった光が差し込んでいた。八戒がゲーム画面ばかり見ていたせいでしょぼしょぼする目を擦りながら時計を見上げると、時刻は丁度五時に差しかかる頃だった。天蓬が帰ってくるのはいつも七時頃、食事が始まる頃だ。まだクリア出来ないゲームに齧り付く悟浄を置いて、捲簾は立ち上がった。きっとこれから夕飯の支度をするのだろう。それを見て八戒もまた立ち上がった。
「手伝います」
「ああ、悪いな。結局買い物に行けてねえし簡単なものしか出来ねえな。料理はいいから、悟浄と一緒に洗濯物取り込んどいてくれ」
 そう言われ、八戒が外へと向かおうとした瞬間、玄関からチャイムの音が響いた。
「宅配便かな」
 咄嗟に近くのインターフォンのボタンを押した捲簾の目に入ってきたのは思いがけない人物だった。

「天蓬!」
「ただいまです。あ、八戒もただいま」
 鍵を開けて迎え入れると、にこやかな笑顔で、出て行った時と同じ大きな荷物を抱えた天蓬が立っていた。捲簾に帰りの挨拶をした後に、その後ろに八戒にも同じく挨拶をした。しかし、お帰りなさいというでもなく八戒はさっさと洗濯物を取り込みに出ていってしまった。その様子をきょとんとして見つめていた天蓬は小さく首を傾げた。八戒にしては分かりやすい拗ね方に思わず笑ってしまいそうになる。
「拗ねてるんだ、お前が今朝挨拶もしないで出てったからだぞ?」
「ああ……それは可哀想なことを。後で抱っこしてあげないと」
「余計に怒ると思うけどな……それより何か言葉はないわけ?」
 放って置かれた子供も可哀想だが、こちらにも何か一言あってもいいはずだ。するりと頬に手を掛ければ、戸惑ったように目を瞬かせていた天蓬は少し困ったように笑った。
「すみませんでした。でもそれももう終わりですから」
「本当だな?」
「ええ。一人寝させてすみませんでした」
 そう言うと天蓬はすぐにリビングへ向かって歩いていってしまった。相も変わらずマイペースな妻に頭を掻きつつ、それを追う。すると丁度ゲームを切り上げた悟浄が無邪気に天蓬に駆け寄っているところだった。にこにこしながら赤い髪を撫でて、どさりと大きな荷物をソファに下ろす。そういえば今まで一度もその大荷物が何なのか訊ねたことはなかった。
「じゃあ明日からは家にいられるんだろ?」
「ええ、それじゃあ今まで淋しがらせた分、今夜は一緒に寝ましょうか」
「いいいいらねーよ!」
「どうしてまた、いいじゃないですかぁ」
 八戒に比べれば悟浄は幾らか分かりやすい。そんなところが天蓬にとっては可愛くて仕方がないのだと、そんな風に顔を真っ赤にして首を振るから、更に天蓬が調子に乗るのが分からないのだろう。そうして二人がじゃれているうちに回収した洗濯物を抱えた八戒が不承不承といった様子で戻ってきた。そしてどさりと床にそれを下ろして、三人のいる方に背を向けて正座をした。そして少し荒い手付きで洗濯物を畳み始める。ぐりぐりと悟浄の頭を撫で回していた天蓬は、それを見て漸く悟浄から手を離した。そして八戒の後ろへとゆっくり歩み寄った。その場に膝を突き、八戒の顔を覗き込む。
「八ー戒、僕久しぶりにお話がしたいんですけど」
「……そんなの、虫がよすぎるんじゃないですか」
 今まで散々放っておいて、と顔も上げぬままそう言う八戒に、天蓬は少し困ったように眉を寄せた。しかしすぐに気を取り直したように笑顔になって立ち上がった。
「じゃあ八戒には追々許してもらうとして、先にあなたと悟浄にお話したいんですがよろしいですか?」
 あっさりと自分へのコンタクトを諦めた天蓬に驚いたのか、八戒は眼を瞠って顔を上げた。しかしさっさとソファの方へと歩いていった天蓬は、先ほど自分が下ろした大きなバッグを引っ張り出した。
「実は休みの度にちょっと友達の家に行ってまして……そのおうち、大きなミシンがあるんですよ」
「ミシン?」
 バッグのファスナーを開けて天蓬が取り出したのは深緋色の布だった。そして畳まれたそれをこちらに広げてみせた。
「もうすぐ夏祭りとか花火大会とかがあるでしょう? 折角だからその時に着られるようなものを自分で作ってみたいと思って。でも全員分は流石に骨が折れました」
 その布は深緋色の甚平だった。それを悟浄の身体に宛がってから、バッグから再び別の布を取り出した。そして青鈍色の大きな浴衣を広げて今度は捲簾の身体にそれを宛がった。
「そしてこっちが捲簾の。綺麗な色でしょう、選ぶのにも結構掛かっちゃって」
 そしてそれを捲簾に渡してから、最後に取り出した布を複雑な表情で見つめている八戒に向かって差し出した。藍媚茶の上質な布で仕立てられた浴衣だった。おずおずとそれを受け取った八戒はそれでも口の中でもごもごと「ありがとうございます」と呟いた。それぞれに宛がわれた浴衣や甚平を見て満足げに微笑んだ天蓬は空になったバッグを畳み始めた。
「……あれ天蓬、お前の分は?」
「え?」
 きょとんとして目を瞬かせた天蓬は、畳みかけていたバッグを再び開いて逆さにしてみせて、首を振った。
「ないです。僕は別に去年と同じでいいですし、四人分も作るの面倒だし」
「三着作る余裕があるくせに自分の分は面倒なのか!」
「だって自分の分だと思うと面倒臭くないですか?」
 天蓬の理屈がおかしいのはいつものことだ。自分のことは蔑ろにしてしまうのもいつものこと。しかしよもやここまでとは思わなかった捲簾はがっくりと肩を落とした。夜毎部屋に篭り、休日はどこかに出掛けてはこれを完成させていたということか。嬉しいと言えば嬉しいし、天蓬が隠して置きたがったのも驚かせたかったからだと分かる。しかし何だか釈然としないのは、彼女がいなかった時間があまりに長く空虚だったからだ。
 反応のない三人に、不思議そうに天蓬は首を傾げた。
「どうかしたんですか?」
「……あのさ、母さん。これは嬉しいけどさ、でも俺は、一緒に遊んだり飯食ったりする方がもっと嬉しかったよ」
 甚平を抱えてそう告げる悟浄を暫くじっと見つめていた天蓬は、小さく頭を上げて「すみませんでした」と呟いた。そしてすぐに何か楽しいことでも思いついたかのようににっこりと笑って悟浄の前にしゃがみ込んだ。
「淋しがらせてごめんなさい、明日からはずっと一緒ですからね。だから今夜は一緒に寝」
「寝ないけど!」
「どうしてですかっ、一緒にお風呂に入って一緒に寝ましょうよ〜」
「いやだっ、もう子供じゃないんだからな!」
 母親に構ってもらえなくて拗ねるのだからまだまだ子供だ。それが分かっていて、それでも天蓬はにこにこと笑っている。そしてふと思い出したように、じっとこちらを見つめている八戒の前に座り込んだ。そして僅かに俯いた八戒の頭をそっと撫でた。
「八戒も、一緒にお風呂に入って一緒に寝ましょう、ね?」
 翠の眸でじっと天蓬を見上げていた八戒は、ちらりと視線を落として腕の中の浴衣を見つめ、再び顔を上げた。にっこりと微笑んで。
「――――ヤ、です」
「もー、どうしてですか? 早くも二人とも反抗期なんですか?」
「いや、だから天蓬、俺が一緒に風呂に入って寝てやるっつー……」
「捲簾はやらしいことばっかりするから、ヤです。そもそも寝せる気ないでしょう」
「何でだ!」
 言うことは尤もだし正直なところ図星だ。しかし長いことご無沙汰である男の事情も分かって欲しいのである。がっくりと肩を落として項垂れる捲簾を見て笑いながら、天蓬は持ち帰ってきたもう一つの紙袋を手にした。中に入っているのはどうやら浴衣の帯らしい。それをそれぞれ三人に渡しながら嬉しそうに言う。
「今度の花火大会に着ていきましょうね、帯は貰ってきましたから。……ええと、ところで」
「何?」
「ご飯、まだですか?」
 ぱちりと悟浄と八戒の眸が瞬いて見合わせられる。捲簾は呆れたように深く溜息を吐いた。
「出来てねえし、材料もねえよ。お前の代わりに一日中二人と遊んでたからな」
「えええ! 僕がお昼も抜きで一生懸命仕上げに勤しんでいたというのに」
「本に集中したら二日くらい何も食わねえだろ! ったく、こういう時ばっかり……」
 お腹を空かせて膨れるところなんてまるで子供だ、と思ったが、朝に実の子供から自分も似たようなものだと言われたばかりなのを思い出して溜息を吐いた。
「……これから買い物に行くぞ。準備しろ」
「え、僕もですか?!」
「勿論。八戒と悟浄もだぞ、今日は一度も外出してねえからな」
「えー?」
 一斉に上がるブーイングにも耳を貸さず、捲簾は財布を取りに部屋に戻った。シャツを着替えて財布を持ち、再びリビングに戻ろうと廊下を歩く。すると僅かに見えるリビングの方から元気な声が聞こえてきて思わず顔が綻んだ。この居心地の良さは誰か一人が欠けても駄目らしい。身体に仕立てられたばかりの浴衣を宛がわれて、八戒は嬉しそうに笑っている。このところ彼がむっすりしているのには気付いていた。いつもにこにこしているから誰も気付かないのだが、明らかに不機嫌だと分かる瞬間があるのだ。ふと笑みを消した瞬間に、冴え冴えと冷えた眸をすることがある。末恐ろしい、とは思うが八戒は天蓬の子供なのだから多少おかしいのは当然だ。対して悟浄はといえば誰に似たのか楽天的で調子がいい……。
(いやいやいや……悟浄がああなのは俺のせいじゃねえし、あれでも優しい奴だし)
 頭を振ってから、再び足を進める。リビングへ捲簾が入っていくと、天蓬が顔を上げて気の抜けるような微笑を浮かべる。手を伸ばしその頭を撫でてから、二つの小さな頭を交互に撫でた。
「何が食べたい?」
「あ、僕ハンバークがいいです」
「俺はカレーがいい」
「ミルクシチューがいいです」
「よし、じゃあ大根の煮付と鯖の味噌煮にするぞ」
「何でっ! どこをどう聞いたらそんな結論になるんですか」
「馬鹿野郎、お前ら洋食ばっかり挙げやがって! 和食なめんなよ」
 再びのブーイングをやり過ごしながら、小さな背中を玄関へと押しやる。そして残った天蓬の肩を押した。
「ほら、行くぞ」
「捲簾も淋しかったですか?」
 唐突に告げられた言葉に、捲簾は玄関へ向かおうと一歩足を踏み出したまま顔を後ろに向けた。そしてじっと自分の方を見つめている眸を受けて小さく笑った。淋しくなかったと言ってしまえるほどに余裕もないし、嘘を吐いてもいいことはない。何より、率直に気持ちを訊ねられない天蓬が、珍しく言葉を求めているような気がした。
 振り返り、じっとこちらを見据える目を覆う眼鏡に掛かる少し長い前髪を掻き上げる。
「……勿論」
「身体が?」
「馬鹿か」
 喉を鳴らして笑い、その白くまろい頬に軽く唇を寄せた。








捲天に八を絡ませると指の動きが鈍るのです。