八戒は盆に茶菓子と小箱を載せて廊下を歩いていた。今日は行き交う僧が少ないようだ。この時期だから、外回りが忙しいのだろうと心の片隅で考えて、擦れ違った小坊主に会釈をする。盆の時期だ。寺にとっては勿論、書き入れ時。
 しかしそれに反して、ここの総責任を担うあの人はいつもと同じらしい。それもそうだ。彼は普通の僧と違ってその辺にホイホイ経を読みにいくような僧ではない。それは階級や身分の問題でもあり、性格の問題でもある。とにかく、彼の出番は大々的な儀式だけなのだ。それ以外は主にデスクワークとなってしまう。彼的にはそれも酷く億劫らしいが、この炎天下の中をヒイヒイ言いながら墓を回っている修行僧の事を思うとそんな悩みは贅沢すぎる。
 それでも彼のこなさなければならない仕事が並大抵の量ではないのは、八戒も身を以って知っている。手伝わされてその半量に手をつけただけでも何晩か徹夜で、寝込みたくなったものだ。それを頑張っているのは労わなければなるまい。ただ、苛立ち任せに僧をいびったり銃を乱射するのは止めて欲しいものだが。あの人の短気ぶりにもほとほと愛想が尽きそうにもなる。ただ、彼が自分がいることで少し纏っている空気を和らげてくれるのが解るから、突き離そうにも突き離せない現実がある。一応あちらが年上なのだが、どうも獰猛な動物に懐かれたような気分になっているのだ。金毛のライオン、と言ったところか。滅多に懐くものではないから希少価値があるし、頼りにもなる。ただ、一旦裏切って捨ててしまいでもすれば背後から噛み殺されかねない。つまりは彼と共にあるしかないわけで。
 諸刃の剣で、危険と隣合わせのある種のゲームのような付き合いと言えなくもない。尤も、そんなことを言ったらあの金の人を不機嫌にさせてしまうだけだろうけれど。
 好きだと言われたことはない。しかし自分に寄せられるこれほどまでに大きな好意に気付かないほどに八戒は鈍いわけではなかった。
 多分彼も一生告げるつもりはないだろうし、こちらから言葉を催促するつもりもない。応えられる気がしないのもその一因だ。
 自分はゲイではない(当然だ)。そして彼もそうではない(はずだ)。これからそのスタンスが変化するとは思えない。
 友人というのも違う。ただの知り合いというのも違う。しかし思い人というわけでもなければ恋人にもなり得ない妙な関係だった。
 強いて言うなら、近所の気の合うおじいさん同士、といったところか。茶飲み仲間という言葉が一番しっくり来る。彼は聡い男で必要最低限の会話で意味が通ってしまう。逆に言えばつまらない会話であるわけだが。悟浄とする会話とはまた違うものだ。悟浄との会話はどうしても言葉遊びに走ってしまう。それを心地悪く思わせないのも悟浄の巧みな話術ゆえで、それはあの人とではなし得ないことだ。しかしその分、行間を読んでくれるので言いたくないことを黙っていても言葉を催促されることがない。それが、気が楽な時もあり、放っておいて欲しい時に放っておいてくれない残酷さの側面もある。
 渡り廊下を歩きながら、そこから見える中庭を見つめる。もうすっかり緑が活き活きする季節だ。葉の緑が光を弾いている。

 これは恋なんかじゃない。はずだ。

 あの性格の悪い人が、自分だけに向ける慈しむような視線に気付かないわけではなかった。ただ、これは無視をするのが最善の策だと思っている。この穏やかで奇妙な関係を砕いてしまいたくない。どうにかなってしまいたくなかった。どうあっても八戒は男に劣情を感じるなど出来そうになかったしそれを行為に移すだなんて卒倒してしまいそうだ。
 ただそれでもやはり、彼を切り捨てることも出来ないし、本音を言うならしたくなかった。それは彼が好きだからだ。しかしそれは意味が違う。手を繋ぐなんてとんでもない。キスなんてしたくはない。セックスなんてもってのほか。・・・だけど黙って傍にいるのはとても心地が良かった。その心地のいい場所を失いたくない。
 独り善がりだと自分が一番よく解っている。




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随分長いこと拍手に置いていました・・・の割に、甘くない。