冬って珈琲の消費量が増えるんですよね、と親友が一人ごちた。シュガーポットを進めてくるのを断って、何で、とまさに今彼が 入れてくれたばかりの珈琲に息を吹き掛けながら聞いた。すると、一人でいたくないからです、と少し可笑しな言葉が返ってきた。 その返事を聞いて、どうも不可解な顔をしていたらしい自分に向かって彼は少し怒ったような顔をした。そして、分からない人です ね、と溜息混じりに言う。
「冬は、寒いでしょう。寒い時には一人でいたくないんです。だから、誰かを家に誘うでしょう。では何を口実にします。だから、珈 琲でも一杯どうですかって」
「成程ね。お前さんらしい」
 カップから一口珈琲を啜る。美味い。何がこんなに彼の珈琲を淹れる腕を上達させたのか。それを考えるとこれは、とても淋し い味。彼のこれまで零した涙を集めた味。その深い色にそれらの思い出が沈み込んでいるようである。
「寒色系、っていうでしょう。だから何か、寒い日って、鋭くて暗いイメージなんです。部屋を温めて明るい音楽を掛けていても、氷 の中に閉じ込められたみたいな淋しさが抜けない」
「ふうん。女、作れば」
「女を作ればこの寒さが消えるのなら、そうします。でも現に女を作っても温かくなれなかったから、あなたがここにいるんじゃあり ませんか」
 本当に嫌ったらしい男だ。刹那の温もりを求めて女に誘いを掛けたとてその温もりが長続きがしないことくらい幾ら自分でも分 かっている。隙間なく繋いでいければよいが、いつかはその間に隙間風が吹き抜ける。そしてその寒さに、自分のやっていること の愚かさに気が付いてしまう。だから寒さは、冬は、嫌いだ。
「でも、そうして人に温もりを求められるだけ、あなたの方が幾らか純粋です」
「馬鹿にしてんの」
「褒めてるんです」
 そう言って彼は珈琲を口にする。カップ一杯分の時間をこうして共にするだけ。何が解決するわけでもない。珈琲の礼を言って この椅子から立ち上がり、家を出ればまた一人だ。そしてその寒さを凌ぐためにまた女のところへと転がり込む。虚しいと思わな いわけではない。
「人は誰しも終の住処を探す為に生きているんです」
「んなもん、一生見つからねえ奴が殆どだろうが」
 でしょうね、と彼は笑う。この現実主義の男が、そんな夢物語のような話を本気で信じているのだろうか。馬鹿らしい。終の棲家 などと高望みはしない。望みを低く持ったとて、それが叶えられたわけではないが。
「こうして何不自由なく暮らしてるんだ、文句はないだろう」
「まあ、そう言われるとこれ以上何も言えませんが」
 人は誰かと寄り添って生きることは出来る。そして誰かの力を借りなければ生きていけない。しかし、誰とも一つになることは出 来ないのである。誰かと一つになりたくて、一つになれる相手を探すうちに皆死んでいくのだろう。そんなものは結局見つかりはし ないのだ。生きる為の理由に過ぎない。
 こんな珈琲一杯飲み干す時間を大切にしてしまうほど、人間は淋しいものだ。
「お前も淋しいねえ」
「あなたもね」
 笑う彼の顔に、少年のような色が覗く。生温い珈琲を飲み干して、カップをテーブルに下ろす。
「もう一杯、如何です」
「貰おうかな」
 こうして淋しさを慰め合っているうちに、珈琲の香りはぬくもりの象徴になっていた。生温い珈琲が、凍て付いた固い心臓を温めていく。







拍手お礼(〜09/03/03)