※普通の捲天が好き、もしくは捲天が苦手な方はご注意下さい。後味悪めです。※
ネタバレ→捲簾の浮気。勘違いか本当かは特定していません。ついでに相手も。
おれの大好きなひとは、最近笑ってくれない。
金蝉の仕事が忙しくて、全然構ってくれなくて。退屈で、だけどそれ以上騒いじゃいけないって思ったからじっとしてた。
けどやっぱりつまんなくて。いつもは騒げばちょっとは金蝉が構ってくれたりするんだけど、今日は本当に忙しそうで大変そうだったから、邪魔しないように出かけようと思ったんだ。
金蝉はおれがうろうろすると危ないから駄目だって言うんだけど、そのひとの名前を言うと、ちょっと困ったような顔してから「……仕方ねぇな」って言って、行かせてくれるんだ。
それで、今おれが向かってるのは、金蝉もおれも大好きなひとのところ。
そのひとはとっても頭がいい。おれはあんまりよくないからたまに、そのひとの言ってることが解らなかったりする。だけどそのひとの声はすごく綺麗で大好きだから、意味がわかんなくてもずっと聞いてる。
そのひとは本が好きだ。いろんな本を読むんだけど、片付けは苦手。あの部屋にある本、全部読んだのかなぁと思うとすごいなあって思う。おれも字を教えてもらったりする。そのひとの字は細くて綺麗だ。金蝉の字も綺麗なんだけど、そのひとの字は流れるような感じがする。さらさらって。
そのひとの部屋は汚い。いつも金蝉の部屋を汚してるおれも、同じかな。部屋は汚いんだけど、その部屋の中で本を読みながら寝てるそのひとだけは、すごくすごく綺麗なんだ。金蝉が綺麗なのとはちょっと違う感じがするんだけど。
そのひとは綺麗だ。みんなそう思うみたい。金蝉に言ったら殴られたけど、きっと金蝉もそう思ってるんだ。何となく解る。
綺麗な人のことをびじんって言うんだって。うつくしいひと、で美人だから、あのひとにはぴったりだと思う。
そのひとは軍人だ。軍っていうのは、武器を持って戦うところだって。最初は似合わないなって思ったけど、一回だけ覗いた、そのひとが剣を振るっているところはすごくかっこよくて、綺麗だった。
そのひとはいつも笑ってる。笑ってた。最近までは。
あのひとは最近笑わない。
金蝉もきっと気付いてると思って、夜に話してみたんだけど、鼻で笑って「何かあったんだろ」って言うだけだった。金蝉だって本当はすごくすごーく心配なくせに。金蝉のばーか。忙しくてもなるべく時間作って会いに行こうとしてるの知ってるぞ!
おれも最近あのひとのところに何度も行っている。そんで、金蝉が自分が行けない代わりにおれを行かせてるんだっていうことに気付いたんだ。そのひとは誰も来ないとそのまま本を読んだまま部屋から出てこなくなる。ご飯も食べない。おれだったら絶対無理だ。
そんなふうにしてるからあのひとはあんなにやせているんだと思う。金蝉は体力はないけど身体は大きい。なのに、金蝉よりも身体の強いあのひとは金蝉よりずっと細いんだ。
どうしてかな。
あのひとは強いひとのはずなのに。
笑ってほしくて、いろんなことをするんだけどそのひとはふんわり優しく笑うだけで、本当に笑ってくれてるんじゃない。笑ってるふりしてる。
その日もおれは、金蝉からとどけものを預かってそのひとのところに行った。いつもドアを開けるのは緊張するんだけど、今日はちょっぴりだけドアが開いてたから大丈夫だった。
ゆっくりドアを開けると、風がゆっくり吹いてきて気持ち良かった。桜の花びらが何枚かふわふわ飛んでる。
そしてそのひとは、桜の花びらをいっぱい身体に付けて、窓辺に座って寝てた。足の上に本が置いてあって、その本の上にも花びらがいっぱいだ。そのひとはいつも白い服を着てるから、その白い服にピンク色がいっぱい付いてて、何か可愛かった。
「……ねえ」
そのひとの名前を呼んでみたけど、返事はしてくれなかった。
そのひとの前に座る。そのひとは眼鏡を掛けてる。掛けてるときも好きだけど、取るとすごく綺麗なのも知ってる。
今は少しだけ眼鏡がずり下がってる。それもちょっと可愛いな。
「すきだよ」
好き。金蝉もこのひとも好き。だけどなんだか違う気がした。
「……もっと頭よくなりたいな……」
頭が良くなったら、この気持ちに名前をつけられるかもしれないから。
結局そのひとは起きなくて、だけど起こすのは何だかいけないような気がして、そのままおれもそのひとの隣で寝てたんだ。
何かすごくどきどきした。そのひとの髪はちょっと濡れてて、いい匂いがした。さっきまでお風呂に入ってたのかな。シャンプーのいい匂いと、そのひとの吸うたばこの匂いで、ちょっとだけ頭がくらくらした。何でだろう。
ちょっとだけ頭をそのひとの肩に載せてみた。何だか細くて、おれが力を込めたら折れちゃいそうだ。こんなに細いのに普段、あんな風に剣を振れるなんてすごいなぁと思う。
人を綺麗だ、かっこいい、可愛い、すごい、大好きだと思う気持ちを、一つの言葉に出来るんだろうか。
だとしたら、きっと自分はこのひとをそう思っているに違いないと思うのだ。
次の日もおれはそのひとのところに行った。
そしたらその日は起きてて、本棚の前で本をじーっと眺めてた。だけどおれが来たのを見ると、嬉しそうに笑って頭を撫でてくれた。あ、久しぶりに笑ってくれた。うれしい。やっぱり笑った顔がいちばん綺麗で可愛い。
「この前貸した本、読みました?」
「うん!すっげぇおもしろかった!」
そう言って本を返すと、また頭を撫でてくれた。そのひとの手は金蝉のとは違って少しだけ硬い。いつも剣とか持ってるから。だけどそのひとの手はあったかくて大好きだった。
「……具合、悪いの?」
「え?」
「最近……なんか、元気ない……から」
聞いちゃいけないかなって思ったけどやっぱり気になって聞いてみたら、少しだけ困ったような顔をして、笑ってた。
「……とりあえず、お菓子でも食べますか?」
話したくないのかな、って思って、おれはそう言うそのひとの言葉に頷いた。
出してくれたお菓子はおいしかった。そのひとがもらったものらしい。そのひとはものすごくいろんなひとに好かれて、いろんなものをもらってる。だけど全然そのひとは嬉しくなさそうだった。もらうときいつも、ニセモノの笑顔をしてるから。
「……ねえ、悟空。聞いてくれますか?」
「……うん」
もう話してくれないのかな、って思ってたから少しびっくりしたけど、汚れた口の周りを拭いてから頷くと、そのひとはおれを見て、そして少し哀しそうに笑ったんだ。
綺麗だと思った。何で哀しそうなのに綺麗なんだろう。
「僕ね、最近こっそり犬を飼ってたんです」
そう言ってそのひとは喋り始めた。おれに話しかけてるはずなのに、おれのことを見てるはずなのに、何かそのひとは別のものを見てる気がした。
「その犬、毎日僕のところに会いに来て、甘く鼻鳴らしたりして餌をねだるんです。最初の頃は飼いたくなんてなくって、いつもしっしって追い払ってたんです」
「それで……?」
「何度追い払ってもね、来ちゃうんです。来ちゃ駄目って言ってるのに聞かなくて。……だけどね、段々ちょっと可愛いかなって思い始めちゃって、時々餌をやったり、撫でてやったりして。認めたくなかったけど、割と僕も幸せだったんです」
そう言って、そのひとは窓に目をやった。桜の花びらが部屋に入り込んでくる。
空になったコップに新しいジュースを入れてくれたから、ちょっとだけ飲んだ。だけど、そのひとの顔ばっかり見てたから、あんまり味がわかんなかった。
「それで、その犬、どうしたの……?」
「今でも来てますよ。……だけどね、最近人伝で聞くんですけど、その犬が他の人にも尻尾振って、餌をねだってるんですって」
「……」
「しかも、僕のところよりもいっぱいもらってるみたいで」
「……ここでも、もらってるのに?」
「……それでも、毎日来るんです。その犬。気になって一度だけその犬を追いかけて、通ってる人のところを覗きにいったんです。……流石に餌をやってるところは見られませんでしたけど、撫でてもらってるところは見ました」
「……」
「僕のところにいる時より、幸せそうでした」
その言葉に、そっと顔を上げてみたら、そのひとは笑っていたけど、泣いてた。涙は出てなかったんだけど、泣いてる顔してた。
「……だったらずっと、そっちにいればいいのに……どうして、何で僕のところにわざわざ来るんでしょうね?」
そう訊かれたけど、おれはなんて答えていいかわかんなくて黙った。そしたらそのひとが困ったように笑って、ごめんなさいって言うんだ。何にも悪いことしてないのに。
「その犬のこと、すき?」
「……」
そう訊いたら、そのひとは目をおっきく開いて、またちょっとだけ笑った。
「愛してましたよ」
そうだ。“愛してる”って言うんだ。
おれがその犬だったら、このひとが愛してるなんて言ってくれるなら、他の人からも欲しがったりなんて絶対しないのに。
だけど、そのひとは少しだけ下を向いて、泣きそうな顔をして笑った。
「今はどうか解りません。勝手に飼ったつもりになって自惚れてただけみたいですから……今頃、その犬は僕のことを笑ってるかもしれませんね」
「……明日、その犬がきたら……どうするの?」
「……昨日ね、考えたんです。そして……もう、構ってあげるのはやめることにしました」
「……」
「僕が中途半端に構うから、その犬はきっと他の人のところにいけないんだって、解ったんです」
そんなことないよって、その瞬間に言いそうになって、やめた。金蝉だったらきっと、「証拠もないこと言うな」って怒りそうだったから。
証拠はないけど、思ったんだよ。その犬はちゃんとこのひとのこと、好きなんじゃないかなって。
「俺ね、笑ってる顔がすきなんだ」
そう言ってみたら、そのひとは目をパッて開いて、びっくりしたみたいだった。そして、何だか哀しそうに笑って。
「……ごめんなさい、……しばらく、無理かも」
「あっ……ごめん、無理しなくっていいから! だから……元気になったら、また笑ってほしいんだ」
そう言ったら、少しだけ時間を置いてそのひとは、はい、って言って、頷いたんだ。
明日になったら笑ってくれるかな、って言ったら、金蝉は少し黙って、そして何だか苦しそうに「当分、無理だろ」って言った。
「金蝉、会いにいかないの?」
「……」
「明日、一緒に行こうよ」
そして、はやくあのひとが笑ってくれるようにしよう。
そう言ったら、少しだけ笑って金蝉は、そうだな、って言った。
ほら、あのひとが笑ってくれないと、おれも金蝉も苦しいんだ。
明日は、笑ってくれるかな。
2006/3/29
犬=捲簾 ・ 餌=セックス ・ 撫でる=キス ・ 尻尾振る=お誘い ・ 相手=誰でも
浮気もの嫌いなんですが、うっかり最近捲兄絡みの別CPの絵を見てから(不可抗力)軽く捲兄を見る目が変わりました。
浮気者はその後軽く罰を受けてから更生するのが決定事項ですが。 |