「本当の事を言いましょうか」 本棚の前、白衣姿の男がくすりと婀娜っぽく笑う。同じ軍人であり、しかも自分より高い階級にある部下は本棚に肩を寄り掛けて捲簾に視線を流した。口元に浮かべられた柔らかい笑みが美しく、それでも息を呑むほどに嬌艶だった。唾を嚥下すれば、自分の喉が大きく動いたのが解った。天蓬もそれが解ったのだろう、もう一度笑ってゆっくり目を伏せた。そしてくるりと振り返って本棚に向かい、ゆっくりとした仕草で上から四段目の棚から厚い百科辞典のような本を引き抜いた。 「何?」 彼が微笑んだ気配がした。ページが一ページずつ捲られる音だけが部屋に響く。 「僕は女を抱けますが、基本的には男に抱かれる立場にいます。元々、そうでなければ満たされない浅ましい身体になっているんです。たとえ今流されてあなたを受け入れたとしても、あなたが少しでも僕から離れるようなことがあれば僕は何の躊躇いもなく他の男に抱かれるでしょう。そうでなければ僕は気が狂ってしまいますから」 「……」 「あなたが僕を抱きたいのか僕に抱かれたいのか、どちらのつもりで好きだと言っているのかは知りませんが。……まあ後者の場合、僕にはどうにも出来ませんから他を当たって下さい。申し訳ないですが、抱く趣味は持ち合わせていないんです」 喉が鳴る。体の奥底から熱が湧きあがって止まない。握り締めた手が熱くて、震えそうだ。 「……」 急に黙りこくった捲簾に、不審がったのか天蓬はくるりと振り返って微笑んだ。そしてパタンと本を閉じて胸に抱える。 「怖くなったでしょう? やめておきなさい。僕のような淫乱を相手にするのは。あなたには豊満で妖艶な女性の隣が似合います」 「……いいや。丁度よかった」 声が震えたような気がした。無理矢理に押さえ込んだ興奮が溢れ出しそうで怖い。恐怖を天蓬も覚えたのだろうか。彼の大きな鳶色の瞳に、一瞬だけ陰が過ぎった。それは、肉食の獣に捕食される草食動物のそれだった。本を抱き寄せる両の腕に力が籠もったのが目に見える。捲簾の漏らす吐息に熱が籠もっているのに、気付いているのだ。少しだけ彼が後退る。その距離を埋め、尚近付こうとするように捲簾が足元にうず高く積まれた本を避けて大きく一歩を踏み出した。近距離に迫られて、天蓬は視線をきつくして少し背の高い捲簾を見上げた。その視線に虚勢が覗けて、何だか可哀想で愛しくて仕方がない。 「え?」 「我慢のし過ぎで俺も気が狂いそうなんだ。アンタが淫乱なら壊しちまう心配もないだろう。……アンタはずっとヘテロだと思ってたし」 「何を……」 「ああ。ずっと抱きたいと思ってた」 「……正気ですか」 ひく、と天蓬の口元が引き攣る。捲簾のそれとは違う意味で彼の喉が唾を嚥下して震えた。そうだ、そのまま落ちてこい。 右手を伸ばして彼の頬に滑らせる。肌理の細かい肌が指に心地いい。笑みに歪められる捲簾の顔とは対照的に、天蓬の顔からはゆっくりと笑顔が消えていった。 「当然だ。……アンタが欲しくて仕方がないよ」 ちょっとの間拍手にあったやつ。加筆しようと思ったのですが、どこにどう書き足していいのか解らなかったのでそのままです。 いずれ前後にちょっと書き足すかもしれません、すげえ短いので。えろす狙って、普通に撃沈。 title by 亡霊 * 2006/08/18 |