休みの日に呼び出されたのは久し振りの事だった。高校時代は常に行動を共にしていたから一緒に出掛ける事は多かったが、大学は互いのレベルが違ったから当然、別々だった。それでも外で待ち合わせて会う事はよくあった。でも、俺の勤めるこの高校に天蓬が赴任してきてからは呼び出しなんてなかった事だけに流石に驚いた。しかも、天蓬からは初めてだろうメールでだ。気にならないわけがない。

『相談したい事 あります 会えませんか?』

たったそれだけの文章で。だから今日は家中の掃除をしたかったのだが急遽予定を全てキャンセルする事にした。掃除なんていつでもできるし常から散らかしていないからすぐに必要なわけでもない。そんな事より助けを求めてきた友人の方が大事だ。

『裏通りのWESTで待ってろ』

素早く返信して財布と携帯だけを持って家を飛び出した。滅多な事では他人に相談なんてしないで一人で何とかしてしまうような奴だ。それがこうして頼ってくるからには何とかしてやりたいと思うのは当然で。
「一体、何があったってんだ?」
こうなってしまうと世話好きの性というものが出てしまう。そうでなくても天蓬からのお願いは断れないというのに。俺はとにかく急ごうと裏通りまで走った。










裏通りにあるWESTは秘密の隠れ家のような喫茶店だ。俺も見付けたのは偶然で今では休みのたびに出掛けるくらいの店になっている。ここに天蓬を連れてきたのは高校に赴任してきたばかりの頃で、天蓬もすぐに気に入ってくれた。静かだから本を読むのに最適だとか云っていた。実際、俺がここに来ると大体天蓬と出くわす。そういえば最近はここで会う事がなくなったような気がしないでもない。そんな事を考えながら走っているとすぐにWESTに着いた。店のドアの前で呼吸を軽く整えてから中に入ると耳に心地よいBGMが流れてきた。いつもと変わらない光景に安堵して店の中に眼を向ける。それほど大きくない店内の席数は少ない。カウンターが六席とテーブル席が三席。そのテーブル席の一つに天蓬は座っていた。いつも座っている奥の席。
(……いた)
こちら側に背を向けているから表情までは窺えないが肩が落ちているのは分かった。それに、相当参ってるな、と思いながらカウンターの中にいるマスターに眼を向けた。手振りでいつものを、と云うとマスターは心得てると云わんばかりに用意を始めてくれた。こういうところも俺がこの店を好く理由の一つだ。
「………天蓬」
後ろから声をかけると天蓬はパッと顔を上げた。ゆっくりと振り返ったその顔は今まで見た事がないくらいに情けない顔をしていた。いつも自信に溢れて、何事にも動じなかった天蓬はどこにもいない。それに俺は改めて天蓬の悩みの深さを知った。
「待ったか?」
「………いいえ」
声をかけてから天蓬の正面に腰をおろす。そこにマスターが水と注文してあったカフェオレを運んできてくれた。ミルク多目の俺専用のカフェオレだ。
「どーも」
軽く礼を云って手を上げる。マスターはそれにニコリともしないでカウンターに戻ると客商売にも関わらず新聞を開いて読み始めた。愛想がないマスターだが、ここのコーヒーを飲んでしまうと他の店の珈琲は飲めないくらいに思うのだから不思議だ。
「……………」
「……………」
とりあえず落ち着こうとカフェオレを一口飲んでから天蓬に眼を向けた。さっき俺に顔を向けてからずっと下を俯いている天蓬。それに俺は小さく息を吐き出した。
「何があったんだ?」
「……………」
「相談、してぇ事あったんだろ?」
聴きながらいつものように煙草を吸おうとして灰皿に眼を向けて俺は改めて驚いた。そこに置かれた灰皿には吸殻が一本もない。ここに来てどれだけの時間が流れたのか知らないが俺以上にチェーンスモーカーな天蓬が煙草を吸っていないという事に驚いた。
「……おい、本当にどうしたんだよ?」
「え?」
「お前、煙草吸うの忘れるくらいに悩んでんのか?」
俺が云うと天蓬はニコリともせす首を縦に振った。
「ねぇ捲簾」
「ん?」
「こんな事、貴方にしか相談できなくて」
ボソボソとした声は天蓬の辛さをそのまま教えてくれた。こんなになるまで悩んでいたのかと思うと怒れて仕方がない。だが、それと同時にそんな天蓬に気付かなかった自分にも苛付いて仕方がなかった。
「おぅ」
「………僕、こんな事いけないって分かってるのに」
「………おぅ」
「どうしたらって」
声はどんどん小さくなっていく。それでも注意していれば天蓬の声はちゃんと耳に届く。だから聴き逃さないように天蓬に集中する事にした。火を付けていない煙草はそのまま灰皿に放る。真面目な話をしようとしている天蓬を前に吸う事なんかできるわけがない。
「………捲簾は、生徒さんを好きになっちゃった事ってありますか?」
「………………」
天蓬から出た言葉に俺は眼を見開いた。こんな事を聴いてくるという事は天蓬も同じような事を思っているという事だろう。そうでなければこんな事を聴いてくるはずがない。
「まぁ、最近の女子高生は発育がいいからな」
「…………っぇ」
「誘われた事もあるし、遊びでなら……手出した事もあるぜ」
それは本当の事だ。ただし在学中でなく卒業生にだけど。いくら俺でも現役の学生に手を出すのは躊躇われたし、後々問題になっても面倒だし。
「何?誰か生徒好きになっちゃったとか?」
こういう事は遠回しに聴いても時間の無駄だから俺はストレートに確信をついた。それに天蓬はビクッとして顔を真っ赤にした。それが肯定している事を物語っていて俺は自然と笑みが浮かんだ。こうやっている時の天蓬は俺でなくても可愛いと思ってしまうだろう。そして俺は天蓬が想っている相手が誰なのかもある程度想像がついていた。天蓬が赴任してきた日から付き纏っていた奴がいる。そしてソイツと話をしている時の天蓬の表情が凄く嬉しそうだったのも知っている。
「ふぅーん、誰?」
「………それは///」
俺が聴くと天蓬は真っ赤な顔のまま俯いてしまった。こういうところも学生時代から少しも変わらない。困ると相手の顔を真っ直ぐに見れなくて自分の手元を見てしまう。
(変わんねぇ奴)
そんな風に思っていると珍しく店の中に客が入ってきた。しかも俺も天蓬もよく見知っている奴らだ。紅い髪をした生徒会長である悟浄と、真面目で常に行動を共にしている風紀委員長である八戒。俺の勘違いでなかったら片方は天蓬の悩みの種であり想い人のはずだ。
(やべぇとこに来やがって)
ここで騒ぎなんか起こして欲しくない。どうやら向こうも悟浄が八戒に相談しに来ているらしく俺たちの存在に気付いていない。だがそれも時間の問題だろうな、と思っていたらやはり八戒に気付かれた。
「……………」
一瞬だけ交わった眼に向こうは全てを察したように俺たちの座る席の方に来て、悟浄を天蓬と背中合わせになるように座らせた。
(侮れねぇ奴)
そう思うと俺は正直八戒が怖くなった。敵に回したらいけない男だ。
「………捲簾?」
ずっと黙っている俺に不思議に思ったのか天蓬は首を傾げていた。それに後ろにいる悟浄たちの存在を知られるのはヤバイと思って俺はテーブルに肘をついた。
「あーっと、当てようか?」
「え?」
「お前が好きになったっていうせ・い・と、をだよ天蓬」
アクセントを付けて云うと後ろにいた悟浄がビクッとして僅かに後ろを振り向いた。立ち上がろうとしている悟浄を八戒が寸前で止めている。どうやらこっちの動きを見てくれる気らしい。そんな八戒の頭の回転の良さと気遣いに俺は感謝した。
「………生徒会長やってる悟浄、―――だろ?」
「――――っ/////」
「正解?」
ニヤッと笑って聴くと、天蓬は少し迷った挙句にコクンと頷いた。それに悟浄はストッと腰をおろした。俺のいる位置からも分かる、悟浄もどうやら照れているらしい。しかも嫌がっているようには見えない。
「相談ってその事か?」
「………はい」
天蓬はそう返事してからすっかり氷の溶けたアイスティーをコクッと飲んだ。その薄さに一瞬眉を寄せて残りを飲む事なくテーブルに戻した。
「何で俺に相談?」
「え?……何でって……」
「お前らって両想いなんじゃねぇの?」
俺は率直にそう思った。互いの性格からして先に云い寄ったのは悟浄の方だろう。天蓬は押しに弱いから流される内に好きになったってところだろ俺は踏んだ。
「っていうかよ、付き合ってんだろ?」
「………………//////」
それは間違いないと思った。天蓬に誰かいる事は何となく気付いていたし、ただそれが生徒だとは思わなかっただけで。
「ど……して///」
「お前、綺麗になったぜ?」
「………それって男に云う科白じゃない、ですよ」
「じゃあ……色っぽくなったぜ」
「捲簾っ////」
ケタケタ笑うと天蓬はムスッと口を尖らせた。だがそんな表情で睨まれても少しも怖くない。本当に怖いのは笑っているくせに眼だけは笑っていない時の天蓬だ。それも滅多にお眼にかかれるものではないが過去に何度か遭遇してるから、その怖さは嫌という程に分かっている。
「恋してる証拠じゃねぇの?」
「………だから悩んでるんですよ」
からかう俺の口調に天蓬は逆に真面目な声で答えた。好きだから悩むなんて俺には理解しがたい事だ。
「悟浄は、まだ未来ある子なんですよ」
「………だから?」
「僕なんか、その一時の感情で……」
天蓬のその口調に俺は驚いた。悟浄といえば女癖の悪いので有名だ。好きになればすぐに手を出すというので教師の間にも噂は流れている。
「お前なぁ……ι」
本気でそんな事を思っている天蓬に俺は呆れた。思えば悟浄の悪い噂は今では聴かなくなっている。一人に絞ったのだと思っていたがそれが天蓬だったというだけの事だ。それ自体はいい事だと思っていたから放っておいたのだが、悟浄の方も我慢の限界というものだろう。多分、悟浄から抱きたいと何度も誘われてどうしたらいいのか悩んでるものと俺は踏んだ。こういう時の俺の勘は外れた事がない。
「好きなら答えりゃいいだろう」
「え?」
「どうせ悟浄の方からヤリたいって誘われてんだろーが」
「……………っ////」
俺の言葉に天蓬は真っ赤になった。今日はどうも天蓬の赤面ばかり見てる気がする。どうにも調子が狂う。
「できません」
「何で?」
「悟浄には僕なんかより似合いの可愛い子がきっと現れますもん」
「……天蓬」
「そんな時に僕なんかとの事があったら、きっと後悔させちゃいます……そんなの耐えられないです」
そう云う天蓬はどこからどう見ても拗ねている。天蓬がこれでは悟浄も苦労してるだろうな、と俺は思った。悟浄の味方をするわけではないが、できる事なら幸せになって欲しいと思う。というか悟浄は女癖悪いし、どうせ童貞でもないだろうから構わないだろうと思うのに天蓬はそれを失念してるのか分かってないのか頑なだ。
「なぁ、悟浄からの誘いに答えない理由ってのは何なんだ?」
俺はここに来て漸く煙草を吸おうと思った。真面目すぎに話す内容ではないと考えた。それでは一番いい結果は生まれない。
「僕たち男同士ですし」
「それでも好きなんだろ?いいじゃねぇか」
「でも……」
何を煮え切らないのか天蓬はモゴモゴと言葉を濁した。そんな天蓬の考えが俺には矢張り理解できなかった。
「男初めてってワケじゃないんだし、抵抗なんてねぇだろ?」
俺はそう云って悟浄たちの方に眼を向けた。明らかにビクッとしている悟浄に眉を寄せている八戒が眼に映る。やっぱりこんな事聴いたら驚くわな、でも本当の事だ。
「抵抗って問題じゃありませんよ」
「……………」
「悟浄に後悔させたくないんです」
また後悔と天蓬は云った。男と関係を持つという事は生半可な覚悟でできるものではないのに、天蓬だって分かってるはずなのに、そんなに悟浄が大事なのかと思うと少し嫉妬な感情も湧き上がってきた。天蓬はストローでグラスの中のアイスティーをグルグルと回した。氷のなくなったアイスティーが渦を巻く。
「上手くいくのか心配なのか?」
そう聴くと天蓬はコクンと頷いた。そりゃそうだと思った。男同士の恋愛なんて長続きはしないものだ。
「それも心配ないんじゃねぇ?」
「………え?」
「前に俺とシタ時はお前、初めてだったけどそれなりに上手くいってただろ?」
これは事実だ。天蓬とは高校時代に付き合って、抱き合いもした。誘ったのは俺の方からでそれでも大学で別々になるまでずっと上手くやっていた、と思う。あの当時は本気で愛してたし、今だって好きだ。ただ当時のように身体を求めなくなったというだけだ。
「それはっ、でも……///貴方と悟浄とではワケが違います」
「何で?」
「悟浄の事は……本気でっ」
天蓬がバッと顔を上げた時、俺たちのテーブルに影が落ちた。揃って顔を上げると凄い形相で睨んでいる悟浄と眼が合った。流石に今の俺の発言には怒れたか、少しからかいすぎたかと思った。
「……ごじょ……」
「よぉ」
天蓬の表情が驚きに震えている。顔色も真っ青だ。
「テメェ……今の話…」
「盗み聴きとはよくねぇな、しかも教師に対する言葉遣いがなってねぇぞ」
「るせぇっ!!こっちの質問に答えやがれ」
悟浄も相当頭に血が上っているみたいだ。ここに他に客がいなくて本当によかった。いたらマスターに迷惑をかけてしまうところだ。
「聴いてたんだろ?言葉のまんまだ」
「………このっ」
悟浄は構う事なく俺に掴み掛かってきた。悟浄の気持ちも分からないでもないから俺はされるがままになっていた。天蓬も腰を浮かせるが俺よりも悟浄の方が気になるらしい。それでいいと思う。だが、どうせならもう少し煽っておいた方がいいだろう。
「俺は天蓬のハジメテの相手、だって事だ」
改めて口にする。見る見るうちに悟浄の顔が紅く染まった。これはかなり怒っている証拠だ。だがそれだけ本気で天蓬を好きだという事なのだから、好ましい事に変わりはない。
「………嘘だろ?なっ、天蓬?」
悟浄は震える声で天蓬の方に顔を向けた。真っ直ぐな悟浄の眼に天蓬は顔を背ける。その気持ちは分からないでもないが、きちんと答えてやらないといけないだろうに、何やってんだよ天蓬。
「……本当(マジ)なのか?」
「ごめんなさい」
小さな声で謝る天蓬に悟浄は力なく俺の襟首から手を離した。俺は項垂れる天蓬に眼を向けた。このままでいいはずがない。
「でもっ、それは昔の事で……今僕が好きなのは……」
「俺はっ!!……そんな事気にしねぇぞ」
「……え?」
「俺は本気で天蓬の事……愛してる、からっ」
真っ直ぐな告白。若いからこそできる嘘のない告白に天蓬は泣きそうな顔になっていた。嬉しくてたまらない時、天蓬は笑わずに泣く奴なんだ。そんな事、悟浄は知らないんだろうけどな。
「…………っぅ」
天蓬はたまらなくなって両手で顔を覆った。崩れるように座り込んで肩を揺らしている。そんな天蓬に悟浄は慌てて駆け寄った。触れていいのか悩んでからそっと天蓬の肩に手を置く。
「……天蓬?」
「………っ、くぅっ……ん」
「あ、迷惑だったか?」
怖々と聴く悟浄に天蓬は首を横に振った。それでも顔から手を外す事はできないでいる。
「………じゃあ」
「ごじょぉ……」
掠れる声は泣いている証拠だ。
「僕なんかで、本当に………いいんですか?」
「……天蓬?」
「僕、男ですし齢上ですし」
「関係ねぇって……天蓬がいいんだ」
悟浄はそう云って泣いている天蓬を包み込むように抱き締めた。それに俺は少なからず嬉しく思った。大切に思う天蓬だから、天蓬が望む想いを成就させてやりたい。
「悟浄……」
天蓬の髪を悟浄が大事に櫛梳る。それに天蓬は悟浄の胸に頭を縋らせた。
「貴方の事、……大好きです」
「天蓬?本当に?」
天蓬の告白に悟浄が聴き返す。それに天蓬はコクコクと頷いた。こんなにも正直な天蓬を俺は知らない。それは天蓬は初めて恋をしているからだ。その相手が自分でなかったのが悔しい気もするが悟浄ならちゃんと天蓬を幸せにしてくれるだろう。
「よかった」
幸せそうな二人を見て俺も笑顔で頷いていた。が、そこに黒いオーラを出してもう一人の客が近寄ってきた。さっきまで向こう側の席で大人しくしていたと思っていた八戒が怖いくらいの笑顔でいる。この笑顔は俺ですら怖いと思える。
「いい加減にしてくれません?」
腕を組んで仁王立ちの八戒に漸く顔を上げた悟浄だったが、天蓬の事をしっかり腕に抱いていたのは流石といえよう。
「さっきから見ていれば眼の前でイチャイチャして」
別にイチャイチャはしていない気がするが、今そんな事をいえば怒りの矛先はこっちに向くだろうから俺は沈黙する方を選んだ。下手なとばっちりはご免だ。
「……はっ、かい?」
「それ以上は家でやりなさい」
そう云って悟浄の荷物を突き出す。その頃には天蓬もモゾモゾと悟浄の腕の中から顔を出した。僅かに濡れている眼が艶を帯びている。
「いや、あの……」
酷く慌てる悟浄に天蓬も数回瞬きをして八戒を見上げた。
「明日の会議は適当に誤魔化しといてやるぞ」
「………捲簾っ!?」
明日の会議はどうせ絶対に出席しなければならないものではない。天蓬が風邪で寝込んでたから、とでも云えばどうにでもなる。会議の内容についても後で教えてやれば済む。
「生徒会の集まりの方も僕が何とかします」
「八戒?でもよ……」
悟浄も八戒に云われて俺と交互に顔を見ている。そりゃこれだけ云われたら行動に移しにくいだろう。
「ウダウダ云ってないでとっとと連れて帰りなさい」
「………おいおいι」
「貴方がヤラないなら僕がお持ち帰りします」
八戒のその言葉には天蓬や悟浄だけでなく俺も驚いた。いきなり何を云い出すんだ。
「……帰るぞ、天蓬っ」
悟浄は八戒の言葉に慌てて天蓬の手を取るとグイッと立ち上がらせた。そのまま引き摺るように連れて行かれる天蓬がドアのところで俺に眼を向けてきた。俺は頑張れという意味も含めて片手を上げて振ってやった。

『アリガトウ』

天蓬の口が音を発さずにそう云ったのに俺はニッと笑った。これから二人はラブラブよろしくやるんだろうし、本当に明日は何とかしてやろうと思えた。時間を携帯で確認すればまだ少し余裕がある。買出しでもして帰ろうかと顔を上げた途端、眼の前に八戒が座っていた。そしてテーブルの上に置かれた俺の煙草を一本取ると口に銜えてジロッと眼を向けてきた。さっきも思ったけどやはりどこか怖いと感じる。
「……火、貸してもらえません?」
「おいコラ未成年、教師の前で堂々と煙草吸うな」
俺は一応教師として注意する。だが八戒は気にせずにジロッと睨んできた。まぁ俺も煙草くらいで説教する気にはならない。煙草を吸ったからと云って堕落するわけでもないし、俺はまぁいいかと思ってライターの火を八戒の銜える煙草の前に持っていった。八戒はそこから火を受け取るとフゥーと煙を吐き出した。優等生らしくないが似合っているから初めてではないだろう。人は見かけによらないものだ。
「捲簾先生って天蓬先生とそーゆー関係だったんですね」
「あー?………まぁな」
聴かれた以上隠す事もないと思って俺は素直に肯定した。俺も同じように煙草を銜えて火を付ける。
「最初から仲良すぎるなぁって思ってましたけど、……そうだったんですねぇ」
「何が云いたいんだよ?」
「いえ、……天蓬先生って可愛い人ですよね」
クスッと笑う八戒はトンッと灰皿に灰を落とした。
「これから悟浄は天蓬先生とよろしくするんでしょうから、いろいろと大変になりますねぇ」
「だな」
学校の中でイチャイチャしなければどうでもいい。応援はしてやるつもりだが尻拭いまではしてやるつもりはない。
「僕、天蓬先生の綻ぶような笑顔が好きなんです」
「あ?」
「だから、そのためには何でもしますよ」
八戒は云うと煙草を灰皿に揉み消した。そして悟浄の分との伝票を手に取るとスクッと席を立った。
「協力、して下さいね……捲簾先生」
「あ?」
「よろしくお願いします」
否を云わせない口調で八戒は云って店を出ていった。それを見送って俺は短くなった煙草を灰皿に捨てると、今はもう温くなったカフェオレを一気に飲み干した。




∴∵∴∵∴∵∴∵∴∵

橋渡しをしたのは捲簾さんでした。


08/05/10