扉の前に立つ。まだ躊躇いがあった。決心を固めて握った拳をゆっくりと上げたが、その瞬間言い様のない不安に駆られてその手を止める。しかし何とかその躊躇いを振り切るように大きく溜息を吐いてから、拳でゆっくりと二回、硬いドアを叩いた。乾いた音が響いたが、中からの返答はない。自分が呼び付けたくせに、と腹立たしくなり、同時に何か酷く淋しい気分に包まれた。今、彼が別の誰かと楽しく笑い合っているのだとしたら一人きりなのは自分だけだ。面白くなくて淋しくて、そんなことを考える自分が馬鹿らしくて、大きく溜息を吐く。もう一度だけノックしてみようかとも思ったが、結局虚しくなるだけだと結論付けて僅かに俯いた。こんな虚しい思いをするのなら約束など反故にしてしまえばよかった。部屋に戻って仮眠をとろうと考えて、一度ちらりとドアを見つめてから背を向けた。その瞬間、部屋の奥からドタバタと慌ただしい足音が響いてきて、騒々しい音と共に乱暴にドアが押し開けられた。ふわりと清潔な石鹸の匂いが漂ってきて咄嗟に顔を上げると、焦った顔をしていた男――――捲簾は、あからさまな安堵の表情を浮かべた。慌てて着替えたのか、ジーンズに白いシャツ一枚という格好で、首からタオルを提げている。短い髪の先からぱたぱたと水の雫が滴り落ちていた。
「ワリ、風呂に入ってた。まさか帰ろうとしてたのか」
「ええ……いないのかと思って」
「勝手に入ってればいいだろ」
「見知らぬ女性がいたりしたら、嫌じゃありませんか」
 静かに笑ってそう嘯く天蓬に、捲簾は酷く嫌そうな顔をして唇をへの字に曲げた。短い髪の毛から滴り落ちてくる水滴を首から提げたタオルで拭いつつ、捲簾は天蓬の腕を引いた。熱くて少し湿った掌だった。そしてその手に強い力で室内へ導かれ、それに従ってゆっくりとした足取りで中に入る。同時にドアが閉められ、鍵が掛けられた。その音を聞いて天蓬はやっと肩から力を抜き、安堵の溜息を吐いた。やっと、一人ではなくなったような気がしたからだ。
 彼に手を離されると、天蓬は力なくそのまま腕を下ろした。部屋には電気が点いていない。突然明るい廊下から暗い室内に入ったため室内の様子はあまり窺えなかったが、開け放たれた窓から差し込んでいる月明かりで辛うじて家具の輪郭を確認することが出来た。
 捲簾はタオルで頭を拭きながら先に部屋の奥へと歩いて行き、ベッドサイドにあるテーブルから煙草とライターを取った。そして背を丸めるようにして煙草に火を点け、ライターをテーブルに戻し、空の灰皿を手にしながら振り返った。その先でぽつん、と心許なさげに立ち尽くす天蓬の姿に苦笑した彼は、猫を呼ぶように手招きをしてベッドから離れた。そして開け放たれた窓辺へと向かって歩いていく。取り残された天蓬はその後ろ姿を見つめて立ち尽くしたままでいた。
 それにも構わず捲簾は窓辺に立ち、縁に手を掛けて乱暴にタオルで頭を拭いている。それから緩慢な動作でゆっくりと窓の真下の壁に背をつけて座り込んだ。長い脚はだらしなく伸ばしたまま、持ってきた灰皿を身体の横に置いて、咥えていた煙草の先の灰を軽く叩いて落とす。そうしてから彼は何気なく顔を上げ、軽く片腕を広げてみせた。そのまま天蓬は静かに自分を見上げてくる視線に射竦められたように動けなくなる。震える指先を隠すように一度ぎゅっと強く握り締めたが、それを不自然に思われるのが嫌で、無理矢理に再び手を開いた。心許なかった。
「おいで、天蓬」
 その低い声色が鼓膜を震わせ、身体を甘く震わせる。誰かに屈服することなど耐えられなかった。だからこれは屈服ではない。自分がしたいからするだけだ。そうしてプライドの高い自分を納得させる。彼の深く黒い眸の奥に自分が映っていた。見つめているだけで吸い込まれるような錯覚を覚える。頭の芯が強制的に揺らされるような感覚に襲われ、ぎゅっと目を瞑った。胸の鼓動がうるさい。
 緩く息を吐いて、目を開く。そして静かに足を踏み出した。見つめた先の彼の眸は、苦しいほどに濃密な男の色香を放っていた。そして、崩れ落ちるように彼の長い脚の間に座り込む。広げていた両腕で腰を、背中を強く抱いた彼は天蓬の耳元に口を寄せ、優しい声色で言った。ふと、じわりと目の前が滲む。今日の自分はきっとどうかしているのだ。そうでもなければこんなことは、許容出来ないはず。
「いい子だ」



 天蓬の指先が震えている。ああ、きっとまた無理をしているのだろう、と思った。彼は肉体的な疲労には強い。見かけによらず鍛え上げられているからだ。しかし、思うよりずっと心への負荷には弱かった。勿論、周りに比べれば十分過ぎるほど強い。しかし捲簾は無意識の内に、天蓬に対する“鉄の精神”というイメージを作り上げてしまっていた。揶揄されようと中傷されようと何も感じないだなんて、彼に対する侮辱にも近いイメージを持っていたのだ。だがそのイメージも、彼と共に過ごすようになってからゆっくりと氷解していった。彼も人並みに人の言葉に影響されて傷つけられ、痛みを覚えるのである。だというのに彼は鬱憤も疲労も傷も進んで溜め込んで抱え込み、ぎりぎりまで自分を駆り立てる。その様はまるで自分を苦しめて楽しんでいるかのようで、捲簾にはとてもではないが理解し得ないことだった。
 自分を苦しめて楽しいかと一度彼に質したことがある。彼は薄く笑うだけで何も答えなかった。彼は滅多なことでは古傷も弱みも見せない。そうして溜め込んだものが溢れ出して、鬱々と沈み込んだりわざと自らを傷つけるような真似をするのだ。彼にとっての自分自身とは唯一信用出来るものであり、そしてこの世で最も頼りないものだ。
 彼の唇が薄く開かれ、細く息が吐き出される。瞼を伏せ、ゆっくりと呼吸を繰り返している姿は、まるで何かに怯えているようだった。
 一歩、天蓬の足がこちらへと踏み出された。一歩一歩ゆっくりと近付いてくるのを焦れることなく静かに待つ。その間に手にしていた煙草を灰皿に押し付け、捨てた。そして捲簾の脚の間、静かに立ち止まった天蓬は頽れるようにがくりと膝から座り込んだ。糸の切れた傀儡のようになったその身体を、両腕を広げて強く抱き寄せる。片手を背中に、片手を彼の頭に、少し強すぎるくらいに力を込めて抱きしめた。彼の髪からは煙草とは違う何か甘い香りがした。珍しく言い付け通りきちんとシャワーを浴びたらしい。甘い香りに混じってする彼の身体の匂いに目を細めた。天蓬は捲簾の胸に顔を押し付けるような格好になっている。彼の爪先に引っ掛かっていた下駄は、足から外れて足元に引っくり返って転がっていた。片腕を伸ばして邪魔にならないようそれを脇に寄せてから、再び彼の背中に手を添えた。
「また無理したな。我慢しやがって」
「……ん」
 そうとだけ答えて、甘えるように、というよりはそのまま寝付くつもりではないかというようにくたりと捲簾の胸に頭を預け、天蓬は目を細めた。そして時折すりすりと鼻先をシャツに摺り寄せてくる。彼の熱い息がシャツ越しに掠めて、少しくすぐったさを覚えて小さく笑った。すると彼は捲簾の様子を窺うようにちらりと上目遣いで見上げてきた。まるで悪戯を咎められた子供のような目についまた笑ってしまう。そしてその少し不安げな彼を宥めるように、黒髪を撫でてやった。毛並みを撫でられた猫のように心地よさげに目を細める彼を見下ろして頬を緩めた。
「頑張り過ぎだ。……頑張るなら、デスクワークで頑張って欲しいんだけどなぁ」
「それは、無理」
 妙に素直かと思えばやはりいつもと同じで意固地だ。しかしそんなところが彼らしくて、何ともなしに嬉しい気分になる。彼の背中に両腕を回して再び強く抱きしめる。彼が文句を言うことはなかった。ただ心地よさげに瞼を伏せて、緩く息を吐いている。ワイシャツに包まれた肩をそっと撫でさすってやると、彼は弾かれたようにぱちんと目を開き、瞬きしながらゆっくりと頭を擡げた。そしてまたその鼻先を捲簾の身体に摺り寄せてくる。そしてうっとりとしたように目を細めた。先程から繰り返されるその仕草に苦笑しながらも、その意図が分からなくて首を捻る。猫の後ろ首を掴むように優しく天蓬の後ろ髪を掴んで、ゆっくり自分の身体からその顔を引き剥がす。彼は不思議そうに目を瞬かせて捲簾を見上げた。
「……何が楽しいのそれ」
「匂いを嗅いでます」
 あっさりとそう言う天蓬に、そんな趣味があったのだろうかと思いながらも、とりあえずされるがままに身体を許す。自分の体臭など特別意識したことはない。そもそも自分の匂いというのは自分ではなかなか分からないものなのだ。少し気になったが、見たところ彼にとって不快な匂いではないらしいので少しだけほっとした。鼻先を捲簾の首筋に擦り寄せて、天蓬は嬉しそうに小さく笑う。
「あなたの匂い、好きです。あと身体も」
「おいおい」
 好きだなんて滅多に口にしてもらえないことだ。嬉しいと思う反面、その限定に尚更がっくりする。身体はつまりセックスのこと。まるでお前との付き合いは身体だけだと言われたようで軽くショックを受けつつも、それが言葉遊びだと分かっているから過剰な反応はしない。天蓬の指が、鼻先が自分の身体に擦れるのをくすぐったく感じながら彼の髪を梳いた。
「あと、顔と髪と、声と」
 指折り数える天蓬の幼い仕草に苦笑する。ゆっくりした一定のテンポで彼の真っ直ぐな黒髪を梳きながら、軽くその耳朶に口付け、そしてそのまま形の整った耳に、注ぎ込むように囁いた。
「中身がなくてもいいような口振りだな」
 そう問う。すると彼は少し驚いたように顔を上げて、目を瞬かせた。そしてふと、脱力したように笑った。
「中身がなくちゃ駄目ですよ。中身がなかったら、僕を受け入れてくれないじゃないですか」
 そんな遠回しのようでストレートな回答に笑う。たとえば自分に本当にそっくりの男がいて、匂いも声も同じだった時、彼が惑ってしまうようでは悲しすぎる。何が何でも彼を自分に繋ぎ止めておこうとする乱暴な感情に気付いて、自分で自分に呆れてしまう。呆れる程に彼が好きだとか言ってみればその言葉はおかしいくらいに陳腐な色合いを帯びる。言葉にするのは無意味だった。
「俺にそっくりな男がいて、そいつもお前のことを好きだったらどうする」
「いないでしょう、そんな人……いたとしても、スペックが同じなら付き合いの長いあなたを切る意味はありませんし」
 そう言ってくれるのならば、もしそんな男が現れた時のために仲を深めておくほかない。しかし、今はただ腕の中の彼を抱きしめておく以外に出来ることは何もなかった。疲れ切った彼が少しでも息継ぎ出来るようになればいい。安らぎを与えるとか大層なことを言うつもりはない。安心して眠ることも出来ない彼に、束の間の休息を促すことが出来ればそれで十分だった。
 窓から降りてくる夜の光が彼の白い額を照らしている。彼が小さく身動ぎすると、黒髪がさらりと流れてその額を覆い隠した。その頭に手を添えて、抱き寄せるようにして俯かせる。何となく彼が顔を隠したがっているような気がしたのだ。驚いたように彼が息を呑むのが分かったが、気付かない振りをして黙っておいた。強張る背中を辛抱強く擦っていると、目に見えてその身体は力が抜けていく。そして彼が漸く長い息を吐いたのが分かった。
 壁に凭れて、彼の身体を受け止めながら天井を仰いだ。重みと温かさで、思わず大きな猫を膝に乗せているような気分になる。滅多に自分から甘えてくることなどなく、しかも手が掛かる。たとえるならば血統書付きの高級猫というよりは、絶滅危惧種の野生猫のようなものだ。猫に生まれたとしても大人しく主人の膝に乗っているようなタイプではないし、価値も値段も付けようがない。そんなところも興味深いし可愛いと思うのだが、勝手に何処かしこへふらふら出て行って不可解な怪我をして帰ってくるのだけは止めて欲しいと思う。しかも、悪化して倒れてしまうまでそれを隠し続けるのが一番厄介だ。
 最近だって、身体こそ平気だったものの酷い顔をしていた。今日に至っては部下たちですら様子がおかしいことには幾らか感付いていただろう。だから仕事の終わった天蓬にゆっくり風呂に入ることを言い付け、部屋に呼んだのだ。抱きしめることで、匂いで彼が安堵出来るのなら幾らでも。彼はこちらが痛いのではないかと不安になるくらいに力を込めて抱き締めた方が安心した表情をする。だから少し力を入れた。そして彼が緩く溜息を吐くのを聴いて、少しだけそれを緩めるのだ。
「……お前は」
 小さく捲簾が声を漏らす。腕の中の天蓬が俄かに緊張したのが分かった。
「我儘だし、自分勝手だし、手が掛かるし」
 そう零すと、胸に顔を伏せていた天蓬はゆっくりと顔を上げた。その眸には拗ねた子供のような色が浮かんでいる。相手もいい歳をした男だというのに、その表情が可愛いと思えてしまって苦笑いをした。その後、その額に頬を寄せた。ふわりと彼の匂いが鼻を掠めて、思わず腹の底から深い息が漏れた。そして、相手の匂いに安堵を覚えるのは彼だけではないことを思い知ったのだった。鼻先を彼の髪に押し付けて、低く息を吐く。すると頭皮に息が掛かってくすぐったかったのか、むずかるように彼は捲簾の腕の中でもぞもぞと身動ぎした。
「じゃあ、捨てますか」
「……いいの、それで」
「いいえ」
 再び腕の中に潜り込むように顔をシャツの胸元に埋め、やっと心地の良い場所を見つけたように動きを止めた。ややあって静かに息を吐いた天蓬は、額を軽く捲簾の胸にぶつける。
「拾ったものをまた捨てるなんて、いけません。責任取って下さい」
「拾ったのか、俺」
「僕、あなたの拾得物ですから」
 背中に回ってきた彼の両手が、縋るようにシャツを掴む。口調の軽さとは裏腹に、その仕草は妙に切羽詰まっているように思えた。そんなに懸命に縋り付かなくても、消えやしないというのに。自分も彼も、今日は妙に感傷的になっているようだった。滅多に起こらない雰囲気に、僅かな痛みと同時に楽しさを覚えた。それは、その表情が初めて見せた彼の表情だったからだ。
 天蓬の身体を抱きしめて、背中に回した手でポンポンと優しく叩く。愚図った子供をあやすような仕草だ、と自分でも少し笑ってしまう。すると捲簾が頭上で笑った気配に気付いたのか、むっとした顔で彼はちらりと視線を上げた。その、自分を批難するような目に参って、小さく肩を竦める。そして宥めるように額にかかっている髪の毛を掻き上げて、露わになった白い額に口付ける。軽く触れるだけのそれを繰り返し、やっと気を収めたように彼が溜息を吐くのを見計らってゆっくりと顔を離した。うっとりと目を細めていた彼は、捲簾に見下ろされていることに気付いて少しだけ表情を引き締めた。いつもキスをしている時、見ていないところでこんな顔をしているのだと思うと愛しくて堪らない。普段はそんなところを露程も見せないのも彼らしくて好ましく思う。
「……捨てねえよ。拾った時から、俺の物だ」
「ん」
 物扱いをするな、と怒るかと思いきや、天蓬は捲簾の言葉に満足したように頷いた。そして再びことんと頭を捲簾の胸に預ける。我儘で奔放、短気で切れ者。正直、手の付けようがない。しかし自分にとってはそんな短所とも言えるような部分も可愛いものだった。決して見縊っているわけではない。ただ、彼といる時間が長くなるにつれて、彼が普段どれだけ気張って無理をしているのかに気付くようになり、よく見ればそう自分と変わりないただの男だと分かってきたからだ。寧ろ、自分よりも弱い部分も持ち合わせている。また、逆に自分より遥かに優る部分も多い。それが興味深かった。全く初めて見た種類、と思えば、腹が立つくらい自分に似ていたりする。しかも似通った部分は大抵短所だ。それを次第に愛しく思うようになった。
 それからの過程は自然だった。それらの一つ一つ全て記憶している。初めの頃は本音の欠片も見せず、いつもヘラヘラ笑っているだけだった彼が、初めて本気で怒った時、笑った時、泣いた時、彼がどんな風な表情をしていたか、自分が彼に何をしたか、彼が自分に何と言ったか。おかしいくらいに覚えている。
 きっと彼は今こんなに甘えていても、明日の朝、目覚めたら何もかも忘れたようにけろりとして挨拶するだろう。おはようございます、何間抜けな顔をしてるんですか。いい加減その身替わりの早さにも慣れていた。それが前の晩に子供のように甘えてしまったことへの照れ隠しであることにも気付いている。しかしきっとそこを突付いてしまったら、彼はもう自分に甘えることはなくなるだろう。そして、お前もその程度の男か、と捲簾に失望するだろう。だから捲簾はいつも、朝日の下で昨晩のことは夢だったかのように振舞う彼を、何もなかったかのように笑って迎える。それは丁度、彼が煮詰まる時期を見計らって訪れる、たった一晩の夢のようなものだった。まるで彼は親を恋しがる子供のように甘え、自分はただひたすらに全てを許容する。おかしな夢もあったものだ。しかしそれがいつしか、自分にとっても必要なものになっていることに薄々気付いていた。しかしそれを努めて考えないようにしていた。熱が欲しくなるのは彼だけではないということ。無意識の内に相手の匂いに惑ってしまうこと。皆気付かなければよかった。
 甘えているのは一体どちらなのか、今はもう分からない。分からなくてもいいことだ。
 まだ少し湿った彼の髪の毛に鼻を押し付けて、深く息を吐いた。腕の中で薄い肩がひくりと震える。
「……もう、寝るか」
 天蓬の身体を抱えたまま身体を横に傾けて、部屋の隅に畳んであるブランケットを指先で何とか掴んで引き寄せた。そして彼の背中の後ろで広げ、彼の身体ごと包み込んだ。天蓬は俯いたまま、捲簾の胸に顔を伏せたまま動かない。が、ややあってゆっくりと小さく頷いた。それを確認して彼の頭を一度撫でる。そしてブランケットごと彼の背中を抱き、背後の壁に頭を預けた。天井を見上げながら数度瞬きして、ゆっくりと瞼を伏せる。
 静かにしていると腕の中の彼の吐息の音や、呼吸する度身体が動くのが分かった。体温は確かに腕の中にある。
 きっと目覚めたらいつもの世界に戻る。この悪い夢からも覚めるだろう。そうしたら彼は穏やかに笑って挨拶する、そして自分は笑ってそれに返事をするだろう。何も変わらない、いつもと同じ日が始まる。甘えが許されるのは今この夢の間だけだ。何て質の悪い夢だろう。
「おやすみ」
 よい夢を。










天蓬が本当はセックスでもキスでもなくただ強く抱きしめられるのが一番好きだったら可愛いな、という妄想。そして匂いフェチ。
お互いだけが弱みを見せられる相手、という関係が大好きです。       2007/02/14
--Simon and Garfunkel [sound of silence]