「捲簾さんは、誰とも結婚しないんですね。特定の恋人も作らないし」
「しないね。出来んだろ」
 けけ、と悪戯っぽく笑って彼は煙草を咥えた。その目は何か懐かしいものを思い出すように細められ、きっと彼の頭の中にはあの彼にとっての愛しい者の姿が思い浮かんでいるのだろうと悟浄は当たりをつけた。しかしそれを安易にからかっていいのかどうか量りかねて、口を噤まざるを得なかった。しかしそんな悟浄の様子に目敏く気付いた彼はからかうように片目を細めた。そしてまるで舞台俳優のように演技がかった言葉を大仰な動作と共に口にした。
「俺には何にも代えられない大切な人がいる、そしてその人とは俺と同じ男だ。お前と結婚しても、俺はお前をその人以上に愛することは出来ないだろう……そう言われて、それでもいいと言うような奇特な女がいるもんか。いたとしても、俺は申し訳なくて結婚なんか出来ないけどな……」
 そう言って彼は咥えていた煙草を手にとって、それを灰皿の縁で軽く叩く。灰が落ちるのを見て再び口の端に咥えた彼は、悟浄に向かって煙草のケースを差し出して来た。勧めてくれているらしいそれを有り難く受け取って一本抜き取り、ケースを返す。そしてポケットから商売道具のライターを取り出して火を灯した。その火の付き具合がよくないのを目敏く見ていたらしい捲簾は、後でちゃんとオイル足しとけよ、と忠告するのも忘れなかった。流石はナンバーワンだ。勝手気侭に振舞ってばかりだというのにこれだけの成績を上げられるのはやはり才能だ。彼には人を楽しませる才能があった。それは決してエンターテイナーということではない。何か芸をするわけではない。彼の言葉一つ一つが人を和ませ、動作一つ一つが洗練され、人を惹き付けるのである。
 しかしそんな彼も、愛するのは一人だけ。きっとそれは、死ぬまでずっと。
「でも、一緒に暮らすことはないんですね」
「あいつの負担にはなりたくない。俺は恩を売りたくて今まであいつを大事にしてきたんじゃない、それなのにあいつは今までの恩を返すためだと言って寝る時間も惜しんで働いてるんだ、馬鹿だろ?」
「嬉しくないんですか? 愛されてるってことじゃ」
「馬鹿言えよ、俺は何一つあいつに無理して欲しくねえんだ。一番に自分の幸せを考えて欲しい」
 以前本人から聞いた二人の関係を思えば、そこまでの深い繋がりの理由は理解出来る。しかしそのことを何も知らない人間から見れば、彼の執着はどこか狂っているように見えるのではないだろうか。現に、自分の同期である八戒は、彼のその異常なまでの執着に不信感を持っているようだった。
 親の顔も知らぬ二人は幼い頃から孤児を集めて育てている修道院で育った。本当の兄弟のように寄り添って生活した二人はやがて成長し、先に捲簾が修道院を出た。そして年下の彼を引き取ったというわけだ。生活するのも苦しい中で捲簾は彼に対して学費を出し、そして今や彼は小児科医だという。それも、彼が幼い頃に口にした夢を叶えてやりたかったからだと言う捲簾には尊敬の念を禁じえなかった。そんな過去があれば、彼が大事にしているあの人が一生懸命に働いてそれを返したいと思う気持ちもよく分かるのである。
「お前が言いたいことは分かるよ」
 悟浄が何を考えていたのか全て分かっているかのように彼は笑って、短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
「単に……情けないからかもな」
「情けない?」
「世話をされて、与えられるだけの立場になりたくないんだと思う。いつまでだって俺はあいつを下に置いておきたいんだ。馬鹿だよなあ……分かってるんだけどさ」
 いつも一寸の乱れもなく決まっていて女々しさの欠片も見せない彼がそうして彼のことを思う時だけ少しだけ情けない男になるのが、人間らしい気がしてほっとした。欠点がある方が人間、好ましく思えるものだ。その人の事を思う時、彼の痛いほどの鋭い視線が優しく、温かくなるのである。
「天蓬さんだって、もういい大人なんだしさ」
「きっと俺はあいつが先に結婚したとしてもあいつを忘れられずに一人でいるだろうよ」
 そう言って笑って、彼は二本目の煙草に火をつけた。紫煙の向こうで物憂げに目を細める男を眺めながら、こんな男に愛され続けているその人を思って小さく溜息を吐いた。










捲簾さん悟浄さん八戒さん以下諸々の方々がホスト、天蓬さんは小児科医という設定です。