あなたに手紙を書くのは初めてのことになります。血の海で溺れる夢から醒めて、何となくあなたへの思いを紡いでみました。 けれど渡すのは止めにします。どうせ伝わらないだろうと思うからではありません。それは、伝える必要はないと思うからに他なりません。 あなたは馬鹿にするでしょうか。 僕は一日が終わる度、あなたにその日の別れを告げる度に、いつこの別れの言葉が最期になるのだろうと考えているのです。 愛していた、だから何だということはない。応えて欲しいと願ったことはない。伝えたいと思ったことはない。ただ、一人きりの夜、床に座り込んだまま開かれた窓から夜空を見上げ、今頃誰かと褥を共にしているであろう彼を思ったことはあった。それほどに惨めなことはなかった。ただ、妬ましくは思わない。その相手とて、一度二度きりの相手なのである。きっと彼女等もいつか切り捨てられて、それからずっと彼に焦がれ続けることになる。丁度、今の自分と同じように、夜の間中思い続けるのだ。それでも彼女等は「いつか戻ってきてくれるかも知れない」という期待を持つことが出来るだけ幸福であろう。いつか、もしかしたら、と期待を胸に見上げる空は、自分が見ている夜空とは違う色をしているのだろう。そんな甘い夢も見られず、ただただ飲み込まれそうな濁った色の夜空を見上げて一人、書物に埋もれながら見たのは、底のない血の海の真ん中で喘ぎながら溺れていく夢だった。ねっとりと厭らしい粘度を持った生温い液体に顔の穴という穴を塞がれて視覚も聴覚も閉ざされるのに、嗅覚と味覚だけが異様に鋭敏になる。こびり付いた鉄臭さに、目が覚めても現実と夢の境目を見失う。そんな夢を見るのは珍しいことではないのに、どうしてかその日に限って妙に不安に駆られたのである。 筆を取ったのはほんの戯れだった。自らの感情を紙に向かって吐露するのは初めてではなかったが、こういった人に知られるのが憚られるような感情を形にするのは初めてだった。軍隊内とはいえ、天界軍には男色がそれほど横行しているというわけではない。元々女性関係に関する規律が厳しくなく、各々妻帯していたり恋人を持っている者も決して少数ではない。昨今は頻発しているとは言え、元々は然程遠征の多い軍でもなく、ややもすれば女体に飢えているというわけではないからだった。自分とて女性経験がないわけでもなく、懇意にしている女性がいた頃も勿論あった。その場合わせで然したる抵抗もなく男に身を任せてみた経験もある。しかし結局今一人きりでいるということはつまり、そういうことだ。どちらでもよくて、どちらにも然して興味はなかったのである。 あの男に出会って、他人如きにここまで惹かれ惑わされることが出来るのだと感動すら覚えたものだ。自分にもそんな月並みな、ヒトらしい感情が宿っていたのだと、自分も少しはまともなのではないかと夢を見られたのである。 筆を走らせている最中は書き終えたそれをどうするつもりか、そんなことは全く思い付かなかった。その日に限って朝から誰も部屋へ訪れることはなく、日の上がる前から日が頂点に昇る頃に事務官が書類に判子を求めてやってくるまでずっと机に張り付いていたのだった。己の感情と向き合うことはこの上ない恐怖である。形になったその感情がまるで自分の物とは思えなくなる瞬間が、ぞわりと寒気を伴ってやってきた。こんなにも醜いものが己の胸の中に巣食っていたのかと怯え、こんなにも正視に耐えないような恥を隠し持っていたのかと愕然とした。 そして、そのやり場のないその感情の塊を封筒に押し込めて、まるで何かから逃れるように慌てて机の一番下の抽斗に隠したのである。もやもやして形の掴めない、色々なものを詰め込みすぎてはちきれそうな自分の心に埋もれていたこの思いのように、乱雑に散らかした部屋の中に紛れ込ませるようにその手紙を隠したのだ。そのまま埋もれて忘れてしまえばいいのにと、どこに隠したか分からなくなってしまえばいいのにと懇願した。しかしそれははっきりとした存在感を持って確かに部屋の中にあるのである。こんなことになるのなら、そんな感情の在り処など探り当てなければよかったと痛切に思った。 それでも焼き払うことも出来なかったのはやはり、この身に分不相応な望みを捨て切れなかったからか。 人が何故恋い慕う相手にその気持ちを伝えようとするのかと言えば、それは少なからず応えて欲しいと思っているからに他ならない。聞いて貰えるだけでいいと言いつつも心のどこかにそんな期待があるのである。軽蔑されると、拒絶されると分かっていて自分の気持ちを告げる気になれるであろうか。中にはそういう人間もいるのかもしれない。傷付いてもいいから、今までの関係すらなくなっても構わないから自分の気持ちを相手に届けたいと思う人間が。自分はとても、そんな気にはなれないけれど。 彼に限っては期待など欠片も持ちようがないのだ。しかし彼は優しい人だから、もしもこんな感情を自分が持っていると知ったらきっと困り果ててしまうだろう。優しい彼を困らせてしまうのなら、そんな馬鹿なことをしようとは思えなかった。こちらだけ楽になって彼に苦痛という重荷を背負わせることになるのなら、ずっとこの重く冷たい醜い氷の塊など、一生一目に晒すことなく一人胸の中で隠し続けていこうと決めたのだ。 言わない。このままでいい。なくしたくない。 この男が見せてくれる終わりを知ることが出来るだけで、それだけで構わないのだ。どこまでも野蛮で手が届かぬほどに美しい獣はどこまでも一人で走っていってしまうから、同じ速さで走らなければ置いていかれてしまう。追いかけるだけで精一杯なんて情けないことだ。しかし見ているだけで精一杯なのだから声など掛けようもない。そんな自由な獣がどうして自分の前に無防備に身を休めたのか分からない。単なる気紛れだったのかも知れなかった。もし、こんな騒乱が起きなければそのうち自分の元からふらふらと去ってしまっていたのだろう。これは彼にとっては単なる短い休息の間に過ぎないのだ。平和に飽きればまたすぐに戦いの渦中へと、公園に駆けていく子供のように意気揚々と身を投げ出していくのだろうと思っていた。この痩せぎすで傷だらけの男の身体では引き留めるための餌にもなりはしない。そもそもそれがどれほど豊満で柔らかな女体であろうとも然程の執着を持たない男なのだ。 一体いつ、自分の前から風のように消え失せてしまうのか分からないような自由奔放な獣に恋をした。それが生まれてこの方貧乏籤ばかり引いては激流の渦中に突き落とされてばかりいる自分の最大の不幸であった。 彼に出会ってからというもの、自分というものが見えなくなってきている。確立していたはずのアイデンティティは簡単に根本を覆された。貧相なプライドは打ち砕かれ、長年の間に勝手に固く塗り固められていた常識の壁はあっさりと無き物にされた。悔しさに情けなさが重なって、彼を殺したいほどに憎んでもおかしくない状況で、憎しみとは正反対の感情は自分も気付かぬうちにゆっくりと胸の奥で育ち始めていた。早いうちに摘み取れなかったのは気付けなかったからだ。しかし、もしその芽吹きに早くから気付けていたとしたら、うまく摘み取れていたのだろうか。 胸の底の凍てついた塊が大きくなる度に、痛みはその強さを増していった。 優しくされる度、誰かに優しくするのを見る度、冷たい塊はじんと焼け付くような痛みを胸に残すのである。 彼が何の気なしに別れ際振る手に、振り返した手が震えていることに気付いたのは、決して近い話ではない。 明日があると誰が決めた。明日あの笑顔に見(まみ)えることが出来るという確証がどうして取れる。もしかしたら、今のぞんざいな別れの言葉が最期に交わす言葉になるかも知れない。そんなことを考えて弱気になるだなんてひょっとしたらどこか体調が悪いのかも知れないと考えた。しかし気付いた途端に急に不安になり出すのを止められなかった。可能性は消えることなく胸の隅に居座り続ける。風のように軽く、桜のように移り気なあの男に確実な明日などないのだ。胸の奥に氷の塊が落ちて、じわりじわりと心の中を冷やしていく。 その場に彼を縛りつけることなど出来ない。それは風を捕らえておこうとするのと同じくらいに無謀なことだった。一度捕らえたと満足しても、蓋を開けてみればもうそこにはいない。何を以てしてそれを捕らえることが出来よう。檻など意味がない。手を伸ばしても触れられない。箱など封じ込められない。縄は掛けられない。彼が自らそこに留まろうと考えない限り不可能なことなのである。 人を小馬鹿にするのも大概にして欲しい。そんなことを言ったとしても、あの男は高らかに笑うだろうけれど。 時間がないことは分かっていた。彼だけでなく自分の時間もあと残り少ないことを痛いほどに。だから、今となってはもう少し前に、一度、この感情を伝えておくべきだったかとも思うのである。そう思いつつもそれが出来なかった意気地のない自分の精一杯の願いが、何でもいい、どんな小さなことでもいいから憶えていて欲しいというものだった。どんな美女であろうともそれを唯一の相手とすることのなかった彼に、何か、一つでも構わないから自分が傍にいたという証を刻み込んでおきたかった。もっと大きな我儘を言うことも出来たのだ。ただ、どうしても多くを望むことは出来なかった。少し、欲張ってみせたとしてもきっと彼はその願いを叶えようとしてくれるだろうと思う。何もかもを救おうとする男だ。自分の命と引き換えに何を望むと言われたら、自分以外の全てへの平和を、と言うような男だから、それ以上の願いは口に出来なかった。そうでなければ彼はどこまでも自分を後回しにしてしまうのである。 もしかしたら、咄嗟に口から出たあれこそが、自分にとっての唯一の願いだったのかもしれない。結ばれたいのではない、愛されたいのでもない、どうせもうすぐ朽ちてしまうような自分にそんな大層なことは求めるのは意味がない。 ただ、何でもいいから憶えていて欲しかった。あなたとともに、こんな馬鹿な男がいたことを。 あれきりの言葉だったけれど彼は気が付いただろうか。あの短く素っ気ない言葉の中に込められた言葉にならない思いに。その時は自分の浅ましさが悲しくて仕方がなくて、顔を上げられなかった。だから、隣で自分を見つめていたであろう彼が一体どんな顔をしていたのかは分からない。はっきりとした返事をくれなかった彼が、自分の言葉にどう思ったのかも分からない。しかし、もう、そんなことはどうでも良かった。それだけで十分だった。彼の生きてきた人生の中に確かに自分がいたことを彼自身が知っていてくれるだけで構わなかった。幸運にも訪れた、嵐の中での静かなひとときに、並んでいられることが贅沢なほどだったのだ。 感傷に浸る間もなく訪れるであろう最期に、不思議と恐怖は覚えなかったので。 愛し始めた瞬間はいつだったか分からない。決して頼りないわけではない、寧ろ自分よりずっと強靭だと思えるのに、どこか危なげな男だった。自分の身体に、命に執着はないのではないかと思うほどに簡単に他人の為に自らの身を擲つ男だった。幼稚な振りをしてこちらを立てて傷だらけになって尚、平気な顔をして笑っているのだから手に負えない。どうして彼は、あんな風なのだろう。的確に彼を表現するような言葉は存在しなかった。どうしてあんなに、幼稚で、馬鹿で、強くて、悲しいほどに優しい。結局はこちらが勝手に心配をして神経を擦り減らしているだけなのだ。彼はきっとどうこう言われる筋合いはないと言うだろう。しかし、仕方がなかった。その上手く表現出来ない感情の言い訳に、自分の、彼の副官であるという立場を利用していたがそれももう限界だった。副官は上官の女に嫉妬などしない、尊敬以上の念を持ち得ない。明らかに境界線を越えていることに、じっと気付かぬ振りをしていた。きっと彼の方もとうに気が付いていて、何も存ぜぬ振りをしてくれているのだろう。彼に借りを作るのは嫌だったが、その気遣いには甘えておきたかった。借りなど、どうせもう今までに幾つあるか覚えてもいないのだ。それももう返す機会はないだろうけれど。 自分と彼とは、純粋過ぎる二人の子供を守る立場にいた。大きな方はもうとうに子供とは言えないかも知れないが、あの眩くて鼻に付くほどの純潔の白は紛うことなく産まれたての赤子同然であった。その彼もまた、大切な者を守る為に漸く成長を始めている。彼はきっと最期までその手を離さないだろう。だから、その二人の手が引き離されてしまうことのないように、その二人ごと、守らなければならなかった。それらを守る為、たとえ彼が先に逝こうとも自分が一行から離脱しようとも文句はない。自分は彼と手を取り合って最期まで、という関係ではないのだ。きっと、最期まで傍にはいられないだろう。 自分が彼の背中を見送ることになるのか、それとも彼に背を向けて走り出すことになるのかは分からない。 別れてしまえば、どちらが先に逝くのかすら分からなくなるだろう。 ただ、最後に見る彼の顔がきっとあの、太陽のような笑顔であれば良いと思った。彼を思い返す度、瞼の裏に浮かぶのがその笑顔であればいい。きっとそうに違いない。彼はきっと、最期まで笑っているだろう。そう思うのは生き行くものの気休めだろうか。それでも構わない。きっと彼もそう望んでいるはずだ。彼はきっと、自分は最期まで笑っていたと、全てを受け入れて逝くのだと思っていて欲しいはずだから。自分だけでも、彼が不遇の死を遂げたと、さぞ辛かったろうとは決して思わないでいたい。それがせめてもの弔いのはずだと思うからだ。 憶えているのが自分だけだとしても、もうすぐその器を失くすのだとしても、憶えておきたい。彼がどんなに、強く美しく生き抜いたか。 今になって、どれだけ今まで平和で退屈な日々を過ごしていたのかを痛感した。今までの日々を否定するのでも、肯定するのでもない。退屈だったけれど平和で、穏やかで、幸せだった。平和だったけれど何かをずっと我慢し続けて、何らかの犠牲を払い続けていた。これでよかったのか、今でも絶え間なく自問自答を続けている。この騒乱によって巻き添えになった者たちの命をどう償うのか。二人を本当に守り抜けるのか。何の為に走るのか。自分も彼も、亡命など、叶うことのないことだと分かっていた。しかし、それでも、せめても、あのやっと生き始めた赤子二人を守る役目だけが今、己の存在している理由だった。その為に彼までも巻き添えにしてしまうことが胸の奥の冷たい塊に棘を生んだ。冷たく鋭い棘が胸を苛む。 もうすぐその塊も、この器と共に消えるであろう。一生、表に出ることのなかった氷塊は、あの太陽を以ってしても溶けることはなかった。 自分でも目にしたことのないその塊は一体どんな色をしているのだろう。 鮮やかな男だった。何事に関しても曖昧ということがなく、どことなくうすぼんやりしたこの天上界の中で異彩を放つ目の覚めるような自分の色を持っていて、この天界のしがらみなど全く感じさせない自由を持っていた。初めはそれが羨ましかったのだろうと思う。そして次に憧れ、焦がれた。彼はしなやかな肉体と鋼鉄の如き精神を持つ黒き獣だった。とても敵うはずがないと、嫌と言う程に思い知らされ打ちのめされて、それなのに遠ざけてしまえなかったのはそれでも傍にいたかったからだ。彼と同じ場所から、同じ高さで肩を並べて、同じものを見ていたかった。同じ空を見上げて違うことを思い、笑い合った。そして彼の隣にいる為、強くありたいと思った。決して寄り掛からぬよう、一人で立っていられるよう。 桜の似合う男だった。風に舞う花弁一枚のように身軽に、潔く。 それは人の目を惹き付けてやまない一瞬の美しさだった。 今思い出す彼の表情一つ一つ、全てが笑っていることに泣きたくなる。怒っていることもあったろう、泣いたこともあったろうにどうして今、こんなに鮮やかに思い出されるのはあの笑顔ばかりなのだろうか。彼がいつも笑っていたのは、何かを堪えていたからではない。怒っている時は怒ったし、不満な時には顰めっ面をした、悔しい時は隠れて泣きもした。全ての表情がはっきりしていたからこそ、あの憎らしいほどの明るい笑顔が記憶の中で際立ったのだ。全ての美しいものを愛し、弱い者を助け、自由気侭に生き抜いた男の末路にはやはり最高の笑顔が似つかわしい。 彼を思い呼び覚まされるのは、全てを陵駕する漆黒と、鮮烈なまでの緋色だった。どうしてだろうと考えると、いつも彼はどこかかしか血の滲むような怪我をしていたからだと思い出す。その自らの身に流れる赤を纏って尚、朗らかに笑う人だった。一度、どうしてそんなに笑うのかと訊ねたことがあった。あの時彼は何と返しただろうか、そんな数少ない記憶すら覚束ない。しかし一つ確かに覚えていることは、その返事をした時の彼もまた、笑っていたということだった。 彼の見せてくれる最期とは一体何色であろうか。ひょっとしたら、目の覚めるような鮮血の緋色かも知れない。それはもしかしたら自分の、もしくは彼の身体に流れる熱い体液の色かも知れない。しかし、それもまあ薔薇色であることには違いあるまい。彼と出会うまで色彩を欠いていたモノクロの自分の世界は、彼の存在と共に急激に光と色を取り戻した。その極め付けが薔薇色だったならば、なんと鮮やかな人生だっただろうと心から笑いながら逝けるだろうか。光と温かさに溢れたあの男を思いながら。 すぐ触れられる距離にありながら、こちらから手を伸ばしたことはなかった。手を伸ばせば届く距離にいた。その距離を簡単に飛び越えて彼は触れてきた。その熱に中てられてしまいそうな自分に気付くはずもなく。 笑って、触れて。どれだけそれが自分にとって愛しいか、気付きもしないで。 それでも解けなかった氷がゆっくりと解け出し始めた。二人きりの時間は終わりを告げ、先程までは遮断されたように耳に届かなかった外の喧騒が急に耳に入ってくる。彼と約束の指切りをしても尚、僅かに不安の滲む目をする子供を撫でて微笑みかけ、感傷に浸る気持ちを胸の奥底に封じ込めた。幼子二人を抱えなければならないこの時に甘いことは考えていられない。夜明けにはこの部屋にも天界軍の手が及ぶ、それまでに様々な下準備を行い、トラップを仕掛ける必要があった。計画の実行までにはシュミレーションは何度重ねても無駄ということはない。やることは幾らでもあった。夜明けまで、穏やかな時はもう二度と訪れそうにない。 李塔天の手がこの部屋に及ぶ時、部屋もろともあの手紙は跡形もなく吹き飛ぶ。しかしその原形はこの胸の中にまだあった。 それすら、器もろとも跡形もなく消え去るのも時間の問題だろう。 胸の底の氷塊はゆっくりと解け出し、生温い液体へと変わって、初めて表に出た。窓辺に舞い落ちた花弁をしとりと濡らす。 冷たく重い悲しい想いの欠片は解け出した。胸の中に残るこの気持ちだけは、最期まで秘めたまま持っていく。 あとは最後の夜が明けるのを待つだけだ。 捲簾。 あなたを愛していました。あなたから何も得られなくても、あなたの幸せを願い続けられるほどに。 どうか、あなたが何時までも、何処にいても、誰と共に在っても、きっと幸福にありますよう。 |