花喃は、夕日が傾き始めるのをぼんやりと、滑り台のてっぺんで眺めるのが習慣になっていた。双子の弟は滑り台の下で絵本を読んでいる。こんな暗いところで本を読むから目が悪くなるのだ。最近とうとう眼鏡を掛け始めた弟の背中を見て小さく花喃は嘆息した。馬鹿だなあと思いつつ、ちょっとだけ羨ましく思ってしまうのは、それが兄と揃いのものだからだった。弟の八戒は小さなころの兄にそっくりだという。しかし自分はあまり二人に似ていない。それが、小さな心にほんの僅かな疎外感を産むのである。そんな弟の背中を一瞥してから、肩から斜めに提げた黄色いバッグを揺らして柵に凭れながら、ビル街の向こう側に沈んでいくオレンジジュースの色をした夕日をいつものように眺め続けていた。息を切らして迎えに来る兄がにこにこ笑って名前を読んでくれるまで。
 そして日が沈む頃、保育所に電気が点く頃になって、慌てて走ってきた制服姿の兄が胸ほどまでしかない保育所の門を押し開けて入ってきた。遅くなってごめんなさい、夕ご飯は何が食べたいですか。そう言って笑って駆け寄ってくるのを見て、花喃は慌てて滑り台から滑り降りて、八戒は本を畳んで立ち上がる。降りてきた花喃とぶつかりながらもころころと走り寄ると兄は両腕に二人を抱きかかえてにこにこと笑ってくれる。そして再び、今夜は何が食べたいですか、と訊ねてくる。八戒と花喃は顔を見合わせて口々に言った。
「こげこげじゃないはんばーぐ!」
「なまやけじゃないはんばーぐ!」
 すると、びっくりしたように目を瞠った兄は、してやったりという笑みを浮かべた双子を交互に見て、力が抜けたように笑うのである。兄さん料理下手でごめんね、なんて言って小さく泣き真似までしてみせる。二人が小さな紅葉の手で頭をよしよしと撫でると、嬉しそうに交互に二人の頭を撫で返して笑う。戯れに抱きついてみれば、彼はいつも少しだけ煙草の匂いがしていた。彼は高校二年生で、やりたいこともやらなければならないことも多い時期だった。きっとその頃の彼には幼子二人など負担でしかなかっただろう。それでも彼は二人を育て上げた。遊ぶ間もなく夜間まで年齢を誤魔化して働いて、その合間を見て勉強を。果ては二人が反対しなければ大学進学すら諦めようとしていた。そのストレスと重責、極度の疲労に苛まれて彼が煙草に手を出したのだとしたらそれを花喃も八戒も責める権利を持ちようがなかった。
 それから十年もの歳月が過ぎた。彼は何とか二人の説得で奨学金を取り進学をする決心をして、今は予てからの夢だった医師の仕事をしている。以前の、“しっかりとしていて何でも一人でこなしてしまう万能の兄”は鳴りを潜め、疲れて帰ってきては玄関で寝てしまったり、家事全般は殆ど八戒に甘えきりといった多少だらしのない人になっていた。しかしそれが彼の初めて見せた甘えなのだろうということは分かる。今までは甘える相手を失って、唐突に甘えられる立場になって、一人で何もかもこなしていたのだ。無理をして何でも出来る完璧な兄を演じていたのだからそれは疲れるだろうと思う。本当は家事が好きではないことも、信じられないことに八戒も花喃も中学校に入る頃まで気が付かなかったのだ。実に彼は楽しそうに洗濯をし、料理をし、掃除をしていたから。無理させてきた自覚があるだけにその多少ぐうたらな生活態度に対して小言を口にすることも憚られた。今までの反動からか、兄と八戒は今では立場が逆転したようになっている。弟に叱られて唇を尖らせる姿は、大きな掌で頭を撫でてくれたあの兄とはとても思えなかった。



「ねえ兄さん」
 ソファに座って本を読んでいた兄は、背中からしがみ付いてくる妹に小さく笑って「どうしたんですか、急に」と穏やかな声で言った。その頃になると彼の身体は明らかに煙草の匂いを纏っていた。何せ彼はもう成人している。影でこそこそ吸う歳ではないのである。ただ弟が煩いから隠れて吸わざるを得ない状況にはあるのかも知れない。しがみ付いて顔を押し付けた彼のセーターは甘ったるくてどこか重苦しい煙草の香りをたっぷりと含んでいる。弟の八戒ほどの嫌煙家ではないけれど、あまり得意とするものではない。しかし彼の匂いならそれでもいいかと思ってしまうのである。
「何か感じる? ドキドキとか、ムラムラとか」
「あはは、あなたにムラムラしたら変態じゃありませんか。おかしな子ですね」
 一頻り笑って、掌でよしよしと花喃の頭を撫でた彼は、再び手にしていた文庫本に意識を戻した。そのつれなさは弟にも張るだろう。漫画やドラマにされる兄と妹のどうこうだなんて現実にそうそうある話ではない。期待したわけでもないけれど少しがっかりして、少しだけ安堵した。するりと彼の胸に手を滑らせて、セーター越しに鼓動を探ってみるが、穏やかでゆっくりとした鼓動が絶えることなく続いているだけだった。ドキドキすらしないのか、とそんな当たり前のことをつまらなく思いながら文庫本を支えるその手を突付いたりと手出しをしていた。キッチンから出てきた弟がその状態を見て目を剥くまでは。
「花喃! 兄さんの邪魔しちゃ駄目ですってば」
「邪魔じゃないわよ」
「平気ですよ八戒」
 即座に入った訂正と兄のフォローに、八戒は少し憮然とした表情をした。それを見て、除け者にされたようで淋しいのだろうかと思ったらしい兄は文庫本に栞を挟んで両腕を八戒の方に広げてみせた。暫くの沈黙の後、エプロンの紐を解いた八戒はふと我に返ったように目を瞬かせ、訝しげに首を傾げた。その表情がどこか不機嫌そうなのが兄には分からないらしい。
「……何ですか兄さん」
「え、八戒もやりたいのかと思って」
 背後からしがみ付いている花喃を指差してそう言う兄に、八戒は深く深く溜息を吐いた。そしてエプロンを外して近くのダイニングチェアに引っ掛けてから、両腕の間に飛び込むように抱きついた。そして兄の足の間に座り込んで腹部に顔を埋めて、脱力したように深く息を吐いた。自分の胸に埋まった焦茶の髪の毛を見下ろして兄はふふ、と小さく笑う。そしてその髪を優しく一本一本梳くように撫でた。その手付きは至って優しい。
「花喃も八戒も、まだまだ甘えん坊ですね」
「だって、まだ子供ですから」
「また、そうやって都合のいい時ばっかり子供の振りして」
 振りなんかじゃありませんよ、とぶうたれる姿はいつもの気取った弟の姿ではなくて何だかおかしい気分になる。小さく笑いながら、抱きついたまま兄の頬に顔を擦り寄せた。彼もまたおかしそうにくすくすと笑って、からかうように八戒の額を突付いた。八戒は抵抗しない。そのまま甘えるように兄の腿に頭を凭せ掛けて、目を伏せた。少しだけずるい、と思いながら兄に抱き付く腕に力を込める。苦しいですよ、と笑い混じりに兄が言うのにも構わず、ぎゅうぎゅうと抱き付く。十代と言うだけで甘えが許されるのならば、残されたあと数年はこうして甘えていたいものである。



「八戒」
「何? 花喃」
「あなたって、兄さんに似てるようであまり似てないのね」
「そうだね。僕もあんまり似てると思ったことはないよ」
 ソファに腰掛けてティーカップを傾けながらそう言う花喃に、床に正座して取りこんだ洗濯物を畳んでいた八戒は笑って返した。八戒は造作が兄によく似ていた。周りからもよくそう言われているが、言うほどそんなに似ていない、と花喃は常々思っていた。小さな頃は、八戒は成長したらきっと兄そっくりになるのだろうと思っていたけれど、今になってみるとそうでもない。何年もみ続けているから分かる程度の小さな差かも知れない。そう思いながら暫くその弟の横顔を眺めていると、全ての洗濯物を畳み終えた彼は肩を回しながら小さく溜息を吐いた。それを見て、自分のカップを持って立ち上がった花喃は八戒に向かってカップを掲げてみせて訊ねた。
「八戒もお茶どう? お代わり淹れるけど」
「ありがとう」
 その返事を背中に受けながら、キッチンへ向かう。几帳面な八戒がきっちり掃除をして整頓しているキッチンはいつも綺麗だ。洗って逆さにしておいたポットを軽く拭いて、茶葉の入った缶を棚から取り出す。そしてそれをポットに入れようとして、ふと響いたチャイムの音に手を止めた。その音に立ち上がり掛けた弟を手で制して、缶に蓋をし直してからインターフォンのボタンを押した。そして画面に映った男の姿に、自分がインターフォンに応対したことに安堵した。あの弟が出ていれば事態はややこしくなる。そんな弟が聞き耳を立てているのを背後に意識しつつ、努めて冷静に返事をした。
「……あら、お久しぶりです。捲簾さん」
 そう言った瞬間、背後の気配はピリリと張り詰めた。それに思わず笑ってしまいそうになりながらモニターの向こうの男を見つめる。きょろきょろと手持ち無沙汰に辺りを眺めていた、画面に映っている男は花喃の声に顔を上げた。
『あ? 花喃ちゃんか。天蓬まだいる?』
「まだって……」
『今日約束してたんだけど……やっぱり忘れてやがったな』
 最後の方は誰に聞かせるともなく言い捨てた彼は、インターフォンの前で頭をガリガリと掻いた。それを見て小さく嘆息する。兄の高校時代の先輩であるという彼は、普通に見ればいい男なのだろうと思うし、実際悪い人ではない。ただ、彼が目を付けたものが悪かった。
「あがります? 八戒もいるけど」
 そう言うと如何にも嫌そうに顔を顰める男がおかしくて、少し笑うと彼はきまり悪そうに顔を少しだけ俯けた。そして辛うじて聞き取れるような声で「お邪魔します」と呟いた。花喃の位置でも漸く聞き取れる声を大分離れた場所から聞いていた彼は畳み終えた洗濯物もそのままに立ち上がり、険しい表情をして玄関の方へと歩いていった。その後ろ姿を見送って、腰に手を当てたまま花喃は溜息を吐いた。そしてモニターに映る、項垂れた男の姿を見ながらその通信を切った。
 その数分後、八戒に伴われてリビングに入ってきた捲簾は、生気を吸い取られたような土気色の顔色だった。弟が彼に何をしたかは想像に易い。軽くブラコンの気のある彼は、兄に接近してその隣を独占する彼をよく思わなかった。それだけならまだしも、彼と一緒にいる時の兄は本当に楽しそうなのだ。ならば親しくさせておけばいいと思うかも知れないが、彼の場合それを許容するのは不可能なのである。温和に見えてそれほど温和ではない、というのが弟の性格だった。
「おはようございます、紅茶いかが?」
「あ……いいわ、あんがと」
 八戒の精神的攻撃に耐え兼ねたのか頭を押さえた彼は深く息を吐いて緩く首を横に振った。茶葉を蒸らしたポットを傾け、自分と八戒の分のティーカップに紅茶を注ぐ。八戒にはストレートで、自分にはミルクをたっぷりと。極端に八戒から距離を取ってソファに腰掛けている男の横を通り、八戒の前にカップを置いた。
「起こしてきませんよ、天蓬は。天蓬は疲れているんです、満足するだけ寝させてあげて下さいますね」
「はぁい……」
 憔悴しきった横顔は可哀想といえば可愛そうだが、フォローしてあげるほどの仲でもない。どっしり構えて座った八戒の隣に腰を下ろす。湯気を立てるカップに息を吹きかけながら、妙な空気の漂うリビングの中で一人溜息を吐いた。肘で軽く八戒を突付くと、むすっと顔を顰めていた彼は横目で花喃を見て、諦めたように溜息を吐いた。
「そのうち起きてきますよ……寝坊はしますけど、約束をすっぱり忘れるほど適当な人でもありません」
 そう言って八戒がカップに手を伸ばした、その瞬間に奥の部屋からガタン、と大きな音がして八戒はカップに触れる直前で手を引いた。そして慌てて立ち上がる。
「兄さん、何をやってるのかしら」
「ちょっと見てきます」
 そう言って八戒が歩き出そうとした時、奥からトタトタと不規則な、よろめいたような足音が聴こえてきた。そしてドアの開く音がして、段々と足音がリビングへと近づいてくる。その気配に足を止めた。そしてひょっこりとリビングのドアから天蓬が顔を出してきた。髪は寝癖が付いており、眼鏡は片方の蔓を掛け違っている。パジャマのボタンは恐らく昨日寝るときに掛け間違ったままなのか上下に一つずれている。だらしがない、と言われても仕方のない格好だが、どうしようもなく庇護心のそそられる格好だった。慌てて天蓬に駆け寄っていた八戒がその筆頭である。まず眼鏡を掛け直させて、寝癖の付いたその髪を撫でてやっている。八戒がいる手前自分が行くわけにもいかないと我慢しているのか、うずうずした様子でソファにじっと座っている男もまた、その部類である。我慢している様子が何だかおかしい、と少し笑いながら紅茶のカップを傾けた。
「天蓬ったら、しゃんとして下さいよ……ああもうこんな格好して」
「ごめんなさい。今日捲簾と約束してたのすっかり忘れててびっくりして起きて……えっ、捲簾?」
「はーい、お疲れのところ悪いね」
「いえ、こちらこそ……すぐに準備しますから」
「天蓬、朝ご飯は……」
「外で食べますから平気ですよ、それでももう一時間損しちゃいましたし」
 急がなきゃ、と一人呟きながらいそいそと天蓬は自室へと戻っていった。ひんやりとした空気が再び満ち始めた室内に捲簾の顔色が悪くなる。黙って一人カップを傾けていた花喃は、空になったカップをテーブルに置いてから小さく息を吐いた。ゆらり、と振り返った八戒に、すすっと彼は顔を逸らす。
「ところで捲簾さん」
「……は、はあ……」
「今日は仕事で疲れた天蓬を引っ張って、一体どちらまで?」
「……」
「またあなたのお仕事に引っ張り回す気じゃありませんか」
「いやあの」
「言い訳は無用です! ああ、ちゃんと朝ご飯食べさせてあげて下さいね、ジャンクフードなんて食べさせたら許しませんから!」
 あまりにあまりな剣幕に、花喃の方まで少し驚いて目を瞬かせた。そしてとことこと部屋の隅から歩いてきた白い毛の猫に手を差し伸べて、それを伝って膝に上ってきたのを抱き締める。花喃が撫でるのにならって喉の鳴らすそれに、同意を求めるように「ね」と声を掛けると、まるで花喃の気持ちを悟ったように猫は一つ、にゃーと鳴いた。
 捲簾は刑事をしている。そして医師である天蓬の医学的見解を聞くという名目で、休みの度に連れ回すのである。しかし連れ回すというのは八戒から見た状況である。実際は天蓬も同意の上のことであり、決して強制ではない。
「警視庁には医学に長けた人もいないんですか、それならどこかに正式に依頼をしたらいいでしょう」
「それは、お前も分かるだろうが。天蓬ほど頭が切れる人間はそうそういない。違うか」
「それはそうでしょう。ただ天蓬はそれが本業ではありません、天蓬は生きた人間と向き合い、病める人々を生かす仕事です。死者の言葉を聞くのは畑違いも甚だしいのではないですか」
 確かにそうだ。しかし、天蓬自身が監察医の仕事に興味を持っていて個人的に勉強しているのも事実だ。捲簾の場合は天蓬の知識や閃きに頼らざるを得ない場合があり、それは天蓬としてはひたすらに知的好奇心を満たすことが出来る絶好の機会である。ギブアンドテイクと言えばビジネスライクだが、彼らの場合悪ガキ二人がつるんでいるようである、と花喃は思っていた。心配することはないとも言い切れない。事件に首を突っ込むことで天蓬が危険に晒されたことは一度や二度の話ではないのだ。しかし、その度に八戒のように激怒していては身体が持たないというものである。猫の喉元を撫でてやりながら、洗面台の方から聞こえていた水音が止まったのに気が付いた。そして顔をタオルで拭きながら、跳ねていた前髪を、うさぎのワンポイントがついたヘアゴムで結わえた格好で天蓬が現れた。白いVネックのセーターを身に着けているため、広い襟ぐりから白い首元が覗いている。引き攣った顔でその様子を見ている捲簾に気付いた花喃は、小さく首を傾げた。
「何だあの頭が湧いたようなヘアゴムは……」
「わたしがあげたのよ。可愛いでしょう、うさぎちゃん」
「……はあ?」
「三人でお揃いなのよ、色違いで」
 そう答えると彼はげんなりしたような顔をして溜息を吐いた。三兄弟の中の紅一点に滅法弱い男二人のことだから、何を渡されても突っ返すなどという選択肢はないのだ、それを捲簾も花喃自身も知っている。尤も、天蓬がそれを使うことを躊躇っているかどうかは微妙なところではあるが。寧ろ何の違和感も感じることなく喜んで使っていそうなところが、天蓬らしいといえばらしい。
 顔を拭き終え、つやつやした肌でさっぱりとした表情をしていた天蓬は眼鏡を掛けて腕時計を嵌めた。そして煙草とライターだけをポケットに突っ込んで財布を手にし、捲簾の方へと近付いていく。
「すみません、お待たせしました」
「いんや、構ァねえよ。……お前、車降りる頃にはそのゴム外せよ」
「はいはい、じゃあ行きましょうか。すみません八戒、帰りは少し遅くなるかも知れませんから、戸締まりはしっかりね」
 憮然とした顔をしていた八戒も、そう言われてはそれ以上のことを言う訳にもいかずつまらなさそうな顔をしたままそれでも大人しく「はい」と返事をした。その頭をよしよしと撫でて笑う兄は本当に質が悪い。漸くこの空間から逃れられると思ったのか、「先に下行ってる」と声を掛けた捲簾はこそこそと部屋を出ていってしまった。その後ろ姿を最後まで睨みつけていた八戒は、唇を尖らせて天蓬を見つめる。
「今日はどこまで行くんですか?」
「今日は山梨の山林で起こった死体遺棄事件の現場に」
「どうして山梨の事件に捲簾さんが関わってるんです」
「被害者が都内在住だからですよ。お土産買ってきますからそんなに膨れないで。じゃあ花喃も、行って来ます」
「行ってらっしゃい。気をつけて」
 抱き上げた猫の前足を掴んで横に振りながら兄を見送る。ばたん、とドアが閉まったところで、八戒から大きな溜息が洩れた。そんな八戒を見て猫がふにゃあ、と気の抜けた鳴き声を漏らす。それに気付いて顔を上げた八戒は、猫の頭を指先でよしよしと撫でながら再び溜息を吐いた。
「そんな顔して……ジープも呆れちゃってるわよ」
「馬鹿にしてるだろ」
「馬鹿になんて。寧ろ尊敬するわ、あんなに怒りっ放しで。捲簾さんに張り合うのもいいけど、キリがないと思うわ。ねえジープ」
「ジープに変なこと言い聞かせないでよ」
 花喃の腕からジープを取り上げた八戒は、腕に猫を抱えたままソファの方へと歩いていく。そしてすっかり冷めてしまったであろう紅茶を啜りながら、膝に載せたジープの背中を撫でている。すっかり黄昏てしまったその横顔を見つめながら、もう一杯紅茶を入れようかと思案した。時刻はまだ九時だ。今日は八戒を連れて買い物にでも出掛けよう、そう思いながら一度小さく欠伸をした。










天花・八花と見せかけつつも、花喃様総攻め計画。天蓬も八戒も花喃の思いのままです。            2007/12/01