愛を知るために何度も死んで、何度も生きるなんて、あなたの心には響かないかも知れないけれど。

 知性が足りない、と突然金蝉が言い出した。確かに箱入りのボンボンで世間知らずなあなたに知性は似合いませんね、と相槌を打ったらものすごく怒られた。悟空のことだったらしい。なるほど、しかしあの子の場合仕方がないのではないだろうかと思う。あれで実は知性派だったりしたら、ちょっと悲しくなるかも知れない。あの子はああいう馬鹿だから可愛いのであって、もしもあれが全部計算尽くだったりしたらかなり泣けると思うのだが。きっと捲簾も泣きますよ。そう言ったら、確かに、と金蝉は難しい顔をして頷いた。あの子はあのままでいいのだ。
「あの子にはまだ勉強よりも遊びが大切ですよ。情操教育とかね。もし今無理矢理勉強を押し付けて、将来非行に走るような子になったら嫌でしょう、面会に行ってあなたきっと過去の自分の過ちに泣きますよ」
「どういう設定なんだそれは」
「グレた悟空が食い逃げしてブタ箱入り、という設定」
「……やめろ、縁起でもない」
 何だかこのままだと本当に泣きそうな素直過ぎる彼に、天蓬はどうしたものかなぁと頭を掻いた。さらりと流れる金糸を眺めながら、腕組みをしてうーんと声を漏らす。
「やっぱり感情豊かに育てるのが一番ですよ。色んな遊びをさせるとか、色んな名作に触れて想像力を豊かにさせるとかね」
「それは……あんパンでどうにかなってるのか」
「あれは勧善懲悪ものですから。道徳的に、悪いことはしちゃいけないんですよ〜って教えるにはいいと思いますけど……感情豊かに、とは……いかないかもしれませんねぇ」
 それはあんパンでは無理がありますね、と答えると、金蝉はゆっくりと天蓬の部屋の蔵書を見渡した。そしてぽつりと漏らす。
「何か、ないのか。そういう、情操教育に良さそうなのは」
「お、お父さん、何かお探しですか」
「……やめろ……」
 いい本揃ってますよーと言ってみると、金蝉は脱力したように溜息を吐いた。それには全くお構いなしで、天蓬もまた自分の部屋のずらりと並んだ本棚を眺める。色々なものがある。しかし大半は悟空には理解し得ないものだ。漢字であることを差し引いても、思想的に。
「……そうですねぇ……やっぱり絵本がいいんでしょうね。文字じゃ飽きちゃうし」
「漢字も読めんぞ、あいつは」
「大丈夫ですよ、大抵の絵本にはルビが振ってあります。ご丁寧に片仮名まで」
 そんな子育てに不慣れな新米パパのために部屋の隅から脚立を取り出して戻ってきた天蓬は、きょろきょろと本棚を見、絵本や児童書の置いてあるエリアを探した。以前片付けた時に捲簾が態々分別してくれたのだ。そのエリアの前に脚立を置き、腕を組んでうーんと唸る。様々なタイプの絵本がある。楽しい漫画調のもの、少し怖い童話、スリルのある冒険もの、頭がいる推理もの、そして。
「たまには、楽しいのじゃなくて悲しいのもいいと思うんですよねー」
「あ?」
「泣くっていう感情は大事ですよ。特に自分のためじゃなくて他の誰かのためにっていうのが」
 それを聴いて金蝉は押し黙った。彼にはそんな経験がないだろうから、大きなことが言えないのだろう。まるで彼も大きな子どもだ、と天蓬は内心笑ったけれど素直な彼がそのまま受け止めて傷付くのが分かっていたので、そのまま悩んだ振りをし続けた。
「泣ける話、と」
 本棚を前にして天蓬は一冊ずつ背表紙を見て選別していく。子ども向けで、あまり痛くもなくシュールでもない泣けるもの。かといってただ単に涙を誘うだけの話は嫌いだ。それは天蓬の好みであったけれど、安易なメロドラマのような展開は腹立たしいだけだ。脚立に片足を引っ掛けて本棚を見つめている天蓬の横に立っていた金蝉は、同じく視線を本棚に走らせながら呟いた。
「……お前の好きな本は、ないのか」
「はい?」
「その、お前が小さかった頃にだな」
「……」
 その手があった、と天蓬は心の中で手を叩いた。自分とて本当に幼かった頃からこうだったわけではない。どこかでどうまかり間違ったのか知らないがこうなってしまったのだが、途中までは確かに普通の子どもであった……はず……だし。
 本棚の本を指で辿りながら、思い浮かべた本の題名を探す。かなり古い本のはずだ。本の背表紙を辿っていた指先は、少し行き過ぎて少しだけ戻った。そして見つかった本を引っ張り出す。そして店員のようにその本の表紙を金蝉に見せるように持った。
「これなんかどうでしょう」
「……? 何の本だ」
「絵本」
「見りゃ解る」
「100万回近く死んだ猫の話です」
 けろりとそう言うと、金蝉は如何にも嫌そうに顔を引き攣らせて少し身を退いた。天蓬はぱちぱちと瞬きをしてそんな彼を見つめる。
「……お前の子ども時代は、そんなだったのか」
 ちょっとでも普通と信じた俺が馬鹿だった、と微妙な顔をしてひとりごちる金蝉に、天蓬はその本を抱えたまま膨れる。
「あ。あなた下界の皆さんを敵に回しましたね。長年愛され続ける絵本のベストセラーだというのに」
「ベストセラーだ?」
「そうですよ、読めば読むだけ味が出る大人にも人気の名作ですよ」
「昆布じゃあるまいし」
 金蝉のくせに妙に嫌味な切り返しをするものだ、と天蓬はむくれて、本を持ったまま金蝉に背を向けた。そしてその懐かしい表紙を再び眺める。正直、子どもの頃そんなにその内容を、真意を理解出来ていたとは思わない。しかし、今になって読み返すと、“哀しい”とも“何とロマンチックな”とも思えてくるのだった。表紙の猫の顔を指でなぞれば、笑っているようにも悲しんでいるようにも見えてくる。
「……あなた、ひょっとしてグロテスクな想像してません?」
「……違うのか」
「違います。全然違います」
 この人は本当に素直で馬鹿で、もし観世音の甥でなかったら絶対に何事もなく生きてこられなかっただろう。天蓬はその本に視線を落としたまま、くるりと振り返った。
「悟空に読み聴かせて下さい」
「……それをか?」
「そうです。多少哀しいところもありますけど、前半だけ読んで投げないで下さいね」
 続けて終わりまで読んでこそ意味があるのだ。その本を差し出し、未だ戸惑ったままの金蝉の両手にそれを握らせる。
「ね、約束ですよ?」
「……」
 それでも、天蓬の要約した内容があまりに衝撃的だったのか、金蝉はあまり乗り気でない顔をする。それにどうしたものか、と内心溜息を吐いていると、廊下が俄かに騒がしいような気がして脚立から足を下ろしてドアの方を振り返った。その瞬間、ゴンゴン、と厚いドアをノックする音が聞こえる。
「開いてます、どうぞ」
 声を掛けるとすぐ、そのドアは開かれ、黒いブーツの足が踏み込んでくる。
「捲簾」
「あ? 金蝉来てたのか……悟空は」
「お昼寝してるそうで。で、今新米パパにお勧めの本を探してたんですよ」
 ドアを閉め、捲簾が室内に入ってくる。数日前に片付けただけあっていまは綺麗な状態の床を歩いてきて、天蓬の後ろからひょっこり顔を出した。そして金蝉の手にしている絵本を見つめている。
「それがお勧めって?」
「ああ……」
 相変わらず気乗りしないような、曖昧な返事をする金蝉に再び天蓬がむすりと膨れる。そんな二人を交互に見ていた捲簾は後ろから天蓬の肩に右手を乗せ、伸びをするように左腕を伸ばして金蝉の手からその本を取り上げた。そして表紙を見、ぱらりと中を捲り出す。
「あー、俺これ前読んだわ」
「何時の間に」
「この前片付けの合間に。……で、何でそんなに金蝉は気乗りしない顔してるわけ」
「どんな内容かって言うから、“100万回くらい死んだ猫の話です”って言ったら、こんな風になったんです」
 そう、憮然として天蓬が訴えると、その勢いに圧されて目を見開いていた捲簾は急に笑い出した。笑われた天蓬はますます不機嫌になって眉根を寄せる。
「お前ねえ、そんな言い方したら誰でも引くわ」
「じゃあどう言えばいいんですか」
 つまらなさそうに天蓬が唇を尖らすと、捲簾は笑いを収めつつ金蝉に視線を滑らせた。何で天蓬がそんなに膨れているのか分からない、とでも言いたげな顔だ。天蓬が睨むと怯んだように顔を引き攣らせる。その情けない顔にまたも笑いを誘われそうになっていた捲簾は、もう一度本に視線を落とした。そしてゆっくりと口を開く。それをじっと見つめていた天蓬は、その視線の種類が分からなくて少し戸惑った。
「自分以外愛せなかった猫の話だよ。幸せなんて一度も感じたことがない」
 そう言って、本をパタリと閉じた。そしてそれを金蝉の肩にトン、と置き、笑った。
「そして最期に愛を知って、死ぬんだ」



***



 不思議そうな顔をしながらも、その絵本を一冊持って帰って行く後ろ姿を天蓬が窓からじっと見つめている。その視線はどこか親が子を見守る視線のようだった。窓から吹き込む風には桜の破片が混じり、彼の白衣の裾を攫っては押し戻して行く。
「あれさ」
「はい?」
「本当に読ませたかったの、悟空じゃなくて金蝉だろう」
「……あなたには何でも分かってしまいますね」
 振り返らないままだった彼は、そう言って笑いながら窓を背にして振り返った。黒髪が風にさらさらと揺れて白い頬に掛かる。
「悟空にまだあの話が分かるとは思えねぇし。……心配しなくても金蝉は気付かねえよ」
「でしょうね」
 彼は小さく笑って、風に煽られた髪を耳に掛ける。しかし掛け切れなかった髪がまた風に吹かれて解けていく。それを見て、つい足が彼へと向かう。三歩ほど近付いて、腕を上げると彼に指先が届いた。風で逆立った髪を伸ばした指先で梳きながら、いまいち何を考えているのか量りかねるその綺麗な顔を見下ろした。
「それにしても、いつ読んだんですか」
「ついこの前だよ」
 天蓬は会議に出掛け、悟空はどこかに遊びに行って、金蝉と二人になっても話すことが特にない、部下たちは勿論仕事中。そういう状況の中、一人で片付けに精を出していた捲簾は、部屋の隅で埋もれていた、一風変わった題名の絵本を引っ張り出した。角は擦り切れ、所々に黒ずみがある辺り、結構古いのだろうと推測出来た。そして、手にしていた箒を本棚に立てかけ、脚立に腰を引っ掛けて表紙を開いたのだった。
「本当はちょっと見るだけの予定だったんだけど、つい」
 自分しか好きになれなくて、何度も何度も生きては死んでを繰り返す。そして最期に愛を知った猫は二度と生き返らない。
「……生まれ変わってもう一度逢いたいとは思わなかったのな」
「そういう意味での生まれ変わりの思想が入ってきたら、あの話の中での『生まれ変わることの意味』と矛盾するでしょう」
「そりゃあ……まあな」
 感傷とは正反対の反応を見せる彼に肩を竦める。妙にロマンチシスムに浸っているかと思えば次の瞬間には冷酷なまでのリアリズムを振り翳す。そんな彼がよく分からなくて、しかしその不可解さ加減にかなり嵌ってしまっているらしい自分が憎い。再びぼうっと窓の外を眺めて、彼はふわふわと気の抜けたような欠伸をした。その呑気さとふわふわと舞う彼の髪の毛を見つめながら、半ば無意識に口を開いた。指先でその風に揺れる髪の毛を摘んだり整えたりしながら。
「白い猫って、お前に似てるな」
「それはまた、どの辺が」
「んー……このつれなさ加減が」
 「100万回死んだんだ」と自慢したところで、彼ならきっと「あっそ」と一蹴するだろう。あの手この手で気を引こうとしても無関心なのに「傍にいてもいいか」と訊けば是と答える。
「可愛くねぇ……」
「そりゃどうも」
 そう形ばかりの礼を述べて、彼は再びふわふわと欠伸をする。眦にじわりと涙が浮かんでいる。
「寝てねえの?」
「寝てたら、金蝉に起こされたんです」
 他の者が起こしたら恐ろしいまでに不機嫌になるのに、その相手が金蝉というだけで欠伸を噛み殺すだけで我慢するというのだから、相当彼は金蝉に甘い。ついでに、その養い子にも。窓枠に凭れていた彼は、徐に身体を伸ばしてコキコキと首の骨を鳴らした。その間にもまだ欠伸をしている。
「……もう一度寝ようかな……ところで何の用ですか」
「別に」
「仕事は」
「纏めてやっつけてきた」
「真面目にやれば、速いですね」
 そう寝ぼけたような顔でふにゃふにゃ微笑んで捲簾を見る。そしてゆっくりと口を開く。口元には淡い笑み。
「仕事が片付いたなら、酒処でも娼館でも遊びに行ったらいいじゃないですか」
(ああ、本当につれない奴)
 本当に、これは態となのか本気で言っているのか自分如きでは判断し兼ねる。
「……本当に白い猫みたいな奴」
「おや、それは褒めているので?」
 くすくすと笑って軽口を返してくる彼に笑みを深くして、捲簾も彼の隣に並んで窓枠に凭れた。そしてじっと自分を見上げてくる目を見下ろして口を開いた。
「もし、“傍にいてもいいか”って、訊いたら?」
 あの手この手で気を引こうとしても無駄だ。欲しいなら欲しいと言葉にしないと彼は知らん振りをしてそっぽを向いてしまうから。
 その言葉に驚いたような目をしていた彼は、次第に面白がるようにその目を細めて、くすぐったそうに肩を竦めて笑った。
「“ええ”」
 気まぐれな猫のような彼がするりと態度を変えて逃げていかぬよう、彼の髪の毛に指を絡める。それを見て彼は微かに目を伏せた。

「また逢えるなんて保証はないし」
「うん」
「もし生まれ変わって、逢えたとして、生まれ変わった僕があなたの生まれ変わりを必ずしも好きになるとは限らない」
「もしかしたら物凄く仲が悪くなるかも知れないしな」
「次は敵同士かも知れません」
 お前が敵とは恐ろしい、と捲簾は笑った。
「ひょっとしたらどちらか女になってるかも」
「……それは勘弁な、お前ならいいけど」
「よかないですよ」
 天蓬はむくれて、自分の髪に指を絡める男の手を払った。しかし、ふと思い付いたように目を光らせて、にっこりと微笑んで捲簾を見上げた。その目にはたった今悪戯をしかけようとする子供のような色が表れていた。
「もし女に生まれ変わってたら、お嫁に貰ってくれます?」
 絶対超美女になってると思うんですけどね、とにこやかに付け足されて捲簾が思い切り目を瞠ると、天蓬は悪戯が成功した子供のようにころころ笑い出す。その余裕ぶりが気に入らなくて、彼の白衣の肩を掴んで身体を少し屈め、顔を覗き込んだ。天蓬はそれに不思議そうな顔をして目を瞬かせている。
「貰ってやるよ。他には渡さない」
「……とか言って、僕の方がころっとどこか他の男の所に行ってたり」
「……有り得るけどね」
 飄々とそう言ってのける恋人に、肩を落として溜息を吐く。そんな風な捲簾を見て、天蓬は指先で捲簾の腕を突付いた。
「あなただって、生まれ変わったら誰を愛したっていいんですよ」
「……」
 その余裕が面白くないのだけれど。
「ただ……今は、僕だけにしていて下さいね」
(これは態となのか天然なのか)
「わかってる」
 いつものことを考えれば態となのかも知れないけれど、時々何の考えもなく人の心を不躾に揺らす言葉を発したりするから始末に負えない。蠱惑的に眸が輝いている。人を誘う術を生まれつき持ち合わせているような男だ。それに見事に引っ掛かったのが自分。
 彼はするりと捲簾の傍から離れ、窓辺へと舞い戻る。そして窓枠に肘を付いて、何やら上機嫌な様子で小さく鼻歌を歌っている。舞い込んできた風に桜の花弁が混じって黒い彼の髪の毛に引っ掛かっていく。
「いい風ですね、捲簾」
「……そうですねえ、元帥閣下」
「今、幸せですか」
「は」
 相変わらず脈絡のない会話の流れに、目を瞬かせる。彼は純粋に答えを待つように窓枠で頬杖をついたまま、捲簾をじっと見上げている。どういう答えを彼が求めているのかさっぱり分からない。
「……それって、この、今この瞬間のこと? それともこの天界にいる時間のこと?」
「どちらも。平均的に見て」
 相変わらず難しい質問をする男だ。しかも意に沿わない答えならば臍を曲げてしまう。捲簾は舌で唇を湿らせながらあらん限りの思考力を駆使して考えた。彼はじっと答えを待っている。
「……そりゃー……時々会議とか上との折り合いとか、嫌んなったりとかうざってえと思うことも多いけど。……こうしている時間は、幸せだし……まあ相殺しても、プラス、かな」
 自分の頭の中でリプレイしてみてもよく分からない答えだ。これでは彼のお気に召すはずがない。頭を抱えながら、じっと同じポーズのまま何かを思案している彼の横顔を固唾を飲んで見つめた。暫くじっとしていた彼は、そのまま目だけを動かして捲簾を見た。
「……はっきり言って下さい」
(やっぱり来た)
「どっちですか」
「幸せ」
「……」
 沈黙を作って変に勘繰られるのは困る。ただ単に少し照れ臭いというだけの理由なのだ。即答した捲簾に、きょとんとした目を向ける彼。流石に返事が早すぎておかしかっただろうか。そのまま暫く見つめ合っていたが、ふと彼が視線を下に落とした。
「……あなたは、今が幸せでも、転生したいと思うんですね」
「強欲だからな」
「そうですか」
 さて、自分の言葉は如何ばかりお気に召したのだろうか。ぼうっと何を考えているのかわからないような顔をしていた彼は、ふとぽつりと言葉を呟いた。
「……じゃあ、あなたにあの本は全く響かなかったでしょうに」
「いや、新鮮だったよ」
「……そう、ですか」
 頬杖をついたままそう呟いた彼は次第に口元を緩めて、どこか嬉しそうに笑って顔を上げた。
「よかったです」
 何がどう、と訊き返すことも出来ず、捲簾はそのまま彼の顔を見つめていた。それを彼はくすぐったそうに笑って見ていた。その瞬間、何とも言えない焦りに襲われて、無意識に手を彼に伸ばして、風に煽られる髪の毛先を捕らえた。

「不思議ですね」
「うん?」
「衝突ばかりするのに、変に気が合うのは」
 くすくす笑う彼に、どうやら自分の答えは彼を満足させられたようだ、とほっと息を吐いた。
「まあな」
「おや、投げ遣りですね。嬉しくないんですか」
「おーおー、大変嬉しゅうございますよ」
「部屋から蹴り出しますよ」
 彼は唇をひん曲げて、拗ねたように眉根を寄せる。それに降参、というように両手を挙げてみせれば批難の視線に晒された。
「傍にいていいって、言っただろ」
「撤回しますから」
「おま……ったく」
 ふいっとそっぽを向く彼の髪をツンツンと引くと、素っ気無く払い除けられる。その小気味良さが楽しくて、心地よかった。
「……楽しいですか」
「楽しいねぇ」
 そう言えば、呆れたような目で見上げられた。そしてし様のない子供にするように、苦笑しながら髪を撫でられた。それがくすぐったくてつい吹き出すと、彼もまた、釣られたように笑った。

(不思議だな)
 こんなに好きなのに、生まれ変わったら、何もかも忘れて自分も彼も別の誰かを愛するなんて。
 吹き込んだ桜の花弁が、彼の蔵書に降り積もっていく。












作中の絵本は、「100万回生きたねこ」です。人によって色んな受け取り方があると思います。しかし読んだことのない人に全く優しくないですね。
作品中の天蓬が言う“馬鹿”は“純粋の度が過ぎる”の意。        2006/8/20